取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口



ほろ苦ビターな日々(楽園のおはなし4章SS)


 
BACK / TOP




(濃褐色の底)


「パパ、何飲んでますの?」

山積みの本の整理とタグ付けという至極面倒な日課、もとい仕事が一段落ついて、ようやっと取れた息抜きの時間。
職場である東の塔から姿を現したノクトは、大きな窓が開放的な――それこそ庭を一望出来るリビングで、珈琲を啜っていた。
背もたれに背を預け、常ならば空色の乙女と審判官の天使が特等席としているソファーを、一人堂々と占拠してやる。
当然、嫌がらせ込み。
ノクトが日々戦わなければならないのは、件の天使が本が好きだから、と次々に新書を買い込んでくるせいだった。
嫌み混じりに文句を連ねる彼の顔を想像し、にやりと笑う。
二口目を舌で味わっていたところで、横からかけられる声に、彼は目先だけを向けた。

「あー? よぉ、アスター。コーヒーだよ、コーヒー。あのクソ蛇の土産っつー」
「もう。クソ蛇じゃないですの、レヴィですの」
「同じだろ」
「レヴィは海蛇型魔獣であって、クソ蛇っていう種族じゃないですの。全然、違いますのぅ」

俺が言いたい事はそういう事じゃねぇんだがな、ノクトは愛娘のどこかズレた指摘に苦笑する。
ととと、と小走りで回り込んできた少女は、周りを見渡してから、ひょい、とノクトの横に腰を下ろした。
例の乙女と高位天使の特等席であるからと、普段なら着席を遠慮している彼女である。
……ノクトがいる事で、妙な勇気が湧いたらしかった。
そのままえへん、とでも言い出しそうな様子で、胸を張り背筋を伸ばして座っている。

「あー。平和だなークソ。ったく、仕事なんざクソくらえだ」
「パパ、忙しかったんですの?」
「ウリエルのクソ野郎がまた本買って来やがってな……俺は別に怒ってねぇけど、面倒くせぇってだけの話だ」

それ怒ってますの、アスターがくすくすと隠さずに笑うのを、ノクトは複雑そうな顔で見つめた。
可愛らしいこの少女の笑顔のを見ると、どうにも落ち着かず――幸せな悩みでもあるが、むず痒くなってしまう。
居心地悪そうに身動ぎした後で、ノクトはまだ温かい珈琲に口を付けた。
砂糖なし、ミルクなし。底抜けの苦味が口内に広がっていく。

「……なんだ、どうした」
「え? えぇと、コーヒーって、アスターあんまり飲まないですの」

横から注がれる視線。ふと見ると、アスターがこちらをじっと凝視していた。
正確には、手元のカップを。中には濃褐色の液体が揺れている。
言外に美味しいのかどうかと聞かれて、ノクトは今度こそ渋面を浮かべてしまった。
予測はしていたが、いざ聞かれると困ってしまう。彼女はチョコレートを代表とした甘味が大好物で、コーヒー、
それもノクトの舌に合わせたとびきり苦味の利いたものなど、果たして受け付ける事が出来るのであろうか。

(いや無理だろ)

ああともううとも言えないうなり声を上げて茶を濁そうとしていると、アスターもそれに気付いたらしい。
彼女は唐突に頬を膨らませた。見慣れてはいるものの、少し面白かったので片方を突っついてやる。
やーですのぅ、少女は手をばたつかせて、ささやかながらに抵抗した。

「……あれー、のっくんとアスターちゃん! 何してるのー?」
「アベル。パパは、コーヒーお供に休憩中ですの」
「よぉ、クソガキ弟版。元気かよ」
「うん、元気だよ! でものっくん、クソガキはやめてよー。お口悪いよ? お父さんに、怒られちゃうよ?」

そこへ新たな珍客、もとい刺客。アスターと同い年くらいの元気のいい少年が、庭から屋敷に上がってくる。
夜色の柔らかな癖毛。深紅の瞳は、紅玉というより血溜まりの色に似ていた。名はアベルという。
ノクトの仕事を増やす審判官の天使の息子である彼は、父親に似ず愛らしく愛嬌のある子供だった。
最も、母親である空色の乙女同様、口達者で生意気な面もある。面倒なのに見つかった、ノクトは嘆息した。

「テメェの父親なんぞ知るかよ。んな事より、何か用か」
「ううんー、二人揃ってここにいるの、珍しいなーと思って。休憩中なんだ、大変だね?」
「藍夜パパさまが、また新書たくさん買ってきたみたいなんですの。在庫、もうパンパンですのう」
「ええ!? お父さん、また本買って来ちゃったの? ……なんか、ごめんね? のっくん」
「テメェに同情される謂われはねぇよ。気にすんな」

わしわしと頭を撫でてやれば、くすぐったーい、と実に嬉しそうな素直な反応。
気をよくしたノクトは、手を離した後、満足気に珈琲を啜る。
しかし、アベルはソファーの前から立ち去ろうとせず、アスターと一緒になってこちらを見ていた。
怪訝な顔を向けてやると、えへへ、と愛らしい笑顔が返される。ノクトは眉間に皺を寄せた。
実をいえば、アベルは実兄よりも、いたずらや後ろ暗い考えの持ち主である。長いつきあいで確信していた。
こいつは油断ならねぇガキだ――とはいえ、現状、ノクトにとってアベルとその兄はまだ可愛いだけの子供の類。
またもわしわしと頭を撫でてやり、羨ましがるアスターを横に、にやりと笑いかける。
アベルはアベルで、撫でられている間も、撫でられ終えた後も、すこぶるご機嫌な笑みを浮かべていた。
なんてまったりした時間だ、ノクトは一人、ひたすらにうっとりとした気持ちを堪能する。

「ねー、のっくん」
「なんだよ」
「それさ、そのコーヒー。ミルクと蜂蜜、入ってる?」
「あぁ?」

アベルの唐突な問いかけ。素で間の抜けた返事をしてから、ノクトは思わず、手元のカップの中身を覗いていた。

「入れるわけねーだろ、そんなもん。ウマいコーヒーには何も入れない方がいいんだよ」
「……やっぱり、そうだよねー」
「なんだ、どうした」
「うん、お兄ちゃんはミルクと蜂蜜入れないと飲めないんだ。でも、入れないの、って聞くと怒るんだよー」

無理しない方が楽しいのにね、アベルはどこか肩を落とした様子でぼやいている。
アベルの兄カインは、ノクトもよく知る少年だった。アベルよりも元気で逞しく、暴走気質な青瞳の天使。
彼らが異常と呼べるほど仲がよく、また互いに気質や嗜好などを熟知し合っている事は、傍から見てもすぐ分かる。
目を閉じれば、アベル、そう大声で弟を呼ぶ少年の声が、すぐ傍から聞こえてきそうな気さえした。

「いいじゃねぇか。お兄ちゃんぶりたいんだろ」
「もう、パパ。言い過ぎですの!」
「いいか、アスター。男ってのはな、女にゃ理解出来ない妙なプライドってもんがあるもんなんだよ」
「ねえねえのっくん。のっくんにも、妙なプライドって、あるの?」
「おう。まぁな、俺も男だからな」
「そうなんだー! そっかー、じゃあ僕、お兄ちゃんのお兄ちゃんっぷり、見なかった事にするね!」

ノクトはいよいよ面白くなって、アスターとアベルの頭を、同時にわしわしと撫で回してやる。
愛娘は髪型崩れちゃいますの、と不服げに、少年は悲鳴混じりで嬉しげに、ノクトの手のひらの感触を楽しんだ。
壁時計が、昼の訪れを告げている。お兄ちゃん呼んできてやれ、そう促して、ノクトはアベルの背を押した。
言われた少年は、一度瞬きをしてから、ぱっと破顔する。踵を返し、彼は再び庭へ飛び出して行った。
とびきりに元気のいい声が、少年達を呼び合う。最後の一口を流し込み、ノクトは満足げににやりと笑った。

「なぁ、アスター。お前も、ミルクと蜂蜜、ついでに専用チョコでも溶かして飲んでみるか」
「な、なんだか馬鹿にされてるような気がしますの。というか、わたし、そこまでお子様舌じゃないですの!」

平和と平穏を飲み干す。この愛らしい最愛の少女も、あの少年達も、悲痛な運命を負わされている身だ。
自分は無駄に長い時間を生きてきた――それくらいは、他の天使などが来訪せずとも、読み取る事が出来る。

「お兄ちゃんぶりたい、ねぇ」

どうも感傷的だな、そう誰にも聞こえないようにぼやいて、天井を仰いだ。
隣ではアスターが子供舌と言われた件でムキになっている。くつくつと笑いを噛みながら、ノクトは席を立った。




 BACK / TOP
 UP:17/12/24