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ある神の毒吐き(楽園のおはなし0章SS)


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(死者の国の舟渡)


朝っぱらから、櫂の手入れと舟の総点検。船底に異常がないか、櫂との接続部に亀裂、がたつきなどがないか。
ランプのオイルは足りているか、黒曜石カバーに破損がないか、亡者が張り付いていないか、etcetc..
あと忘れちゃいけねえのが、隠れて食べるお菓子の在庫。
特に蜂蜜入りのなんかは良い匂いがするもんだから、ウッカリするとケルベロスがパチくってる可能性大。
確認……よーし。指差し呼称で安全確認、今日も自慢の舟に異常なし。安全第一で運航開始。

「あたしだってね、真面目ってんで有名な職人でさあ。ケルベロスが愚痴なんぞ吹聴するのが悪いんですぜ」

昼、相変わらず真っ暗な河辺。渡りを待ちきれないとぶーぶー文句ばっかり並べる死者の群れ。
ねぐらから持ってきた軽食をぱくり。今日は死人竜胆と居眠り大蒜、暗闇野菜のスペシャルサンド。
なぁに、どれもこれも真っ黒色をしてるのは、百パーセント冥府産の証でさあ。
土からして黒だの藍だの暗い色をしてるんだから、地上の華々しい色した食材がちぃと羨ましいってもんだ。
死人どもはなんだってそれにさえ文句を付けるんだかねえ。
戦争だなんだで莫迦やっても、まだ見限らずに地母神が加護を与えてくれてるってだけでありがてぇ話だろうに
最近じゃグルメだヘルシーだで妙にケチを付けたがる。そりゃあんた、昼食の味付けも質素になるってもんさ。
昔はこのへんのきらきら光る砂粒だって、黄金のスープや白銀の砂糖菓子、七色のご馳走の味がしたもんさ。
うん? なに、御方様がケチなだけじゃないのかって?
お前さん、莫迦言っちゃあいけねぇよ。あの方はタナトスの旦那に比べりゃあ、まだ理解がある方さ!

「やれやれだねえ! 食う寝る遊ぶが出来りゃ人生概ね満足ってなもんさ。知恵なんて身に着けたばっかりに、
 変に頭が回るのかねえ。あたしにはイマイチよく分かんねえや、どいつもこいつも皆亡者って事なんかねえ」

夕刻、河のど真ん中。支流か本流かはお構いなし。要は舟が休めりゃいいんでさあ。
夕飯の前のお楽しみは、死者があたしの舟歌に聞き惚れてる合間に食べる、あたしの可愛い美味しいおやつ!
今日は蜂蜜と木の実をたっぷり使った黄金年輪の重ね焼き。上掛けはここらじゃ貴重な菜の花の蜂蜜さ。
……、う〜ん。美味いっっ!!
そりゃあね、あたしも長い事延々と舟漕ぎばっかやってりゃ、どんなに仕事好きだっていっても飽きもするさ。
たまにスティクス様も差し入れに来てくださるくらい、あたしの仕事は大事で大変なもんなんでさ。
いや、スティクス様は監視だとか見張りだとかいうつまらねえ事はなさらない筈だ。多分。

「砂糖もここらじゃ貴重品だからねえ。かといって死者の飯はあたしの舌には合わねえし。困ったもんさ……
 例えば、贅沢な嗜好品がてめえ様に合うかどうか微妙なのと同じ。蓼食う虫も好き好きって言うでしょう?
 なぁに、あたしは死者には寛容ですから。連中が砂粒しか食えねえってのを不憫に思うときもあるんでさあ。
 ありゃ、この世とあの世どちらにもある未練や悔恨の残骸の類。苦い顔して噛むのは共通してるわけでさあ」

夜更け。あたしの仕事はここらが本番。
死者の数や凄惨な出で立ちは悪化する一方、冥府の魔力が総力を挙げて癒し、慰めに掛かる。
こん時ばかりは、あの生意気なケルベロスだって生真面目な天秤の神様だっててんやわんやの大騒ぎ。
何せ、タナトスの旦那が戦場や病院に赴いて夜明けまでの間にコッチに渡る連中の髪を切りまくってくるんだ。
そりゃ忙しくもなるもんさ。一番忙しいのは誰か、なんてのは不毛で野暮な質問でさあ。
誰だって死ぬときゃ死ぬし、運命の三姉妹に逆らえねえ。「そこ」までしか糸を紡いで貰えなかっただけの事。
どいつもこいつもそりゃ落胆した顔をして舟に乗り合わせてくるもんでさ。なんでかって?
冥府までの道程ってのは異様に長いのさ。どんなにまともな死に方をしてもね、良い思い出を思い返しちまえば
あのひと元気かなあ、無理してないかなあ、ああすりゃ良かった、こうしたかった、なーんて思っちまうのよ。
生き物の性ってやつかねえ……けどね、あたしらだってやるこたぁやらして貰ってるんだ。
大船に乗ったつもりでどんと構えてて欲しいもんですぜ。いや、あたしの舟はちっさく見えるかもしれんけど。

「悔いのないように精一杯、なんてのは、持たざる者への奢りみてえなところもあるとあたしは思いやすぜ。
 誰もが知恵なんざ持っちまったから、ああでもないこうでもないって理想に欲望を混ぜて、抱えてんのさ。
 見えるようにしてる奴、見せねえように振る舞う奴、元から関心のない奴……それぞれあるみてえだけどもね。
 つっても死んだら骨だけってのは同意でさあ。冥府ってのはそういうところだ。がむしゃらなのも悪くねえ。
 『冥府良いとこ一度はおいで』、あたしの舟に乗りたきゃそれ相応の努力や気概を見せて欲しいもんですぜ」




――、

悲しいの? 哀しいの? だってあなたも迷子でしょう。
ほら、冥い焔が待っている。
あすこまで行ったらもう苦しくないからね。



(……それでもわたしは生きていくしか)




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 UP:14/05/11