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ある神獣の告白(楽園のおはなし0章SS) TOP / NEXT |
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(其は如何にして、紡ぎし歌を夜想へ至らしめたか) それは銀の小波、或いは青い一角獣の角。表面は虹色の光沢に覆われ、海原を掻き分ける度に世界を輝かせる。 咆哮は雷が如く鋭利で、鳥の翼に似た胸鰭は全身の虹膜に同じ半透明、巨躯が棚引く度に魚も鯨も慄いた。 優雅に、時に凶悪に、また別の日には穏やかに海面を泳ぐ彼等を見て、怯え怯まぬ者など誰もない。 彼等は海の覇者にして水の王、「リヴァイアタン」と呼ばれた。 その名は神に与えられた特別なもので、そう、彼等はこの世界に於いて、史上最強の生物に値する―― 「――ベヒモス」 「やあ、リヴァイアタン」 いつものようにボクが浜辺で歌を口ずさみながら落書きに興じていると、とびきり大きな飛沫を散らしながら 海の底から彼――人間は区別が付かないらしいけどこちらは「彼」の方だ――が姿を現した。 微かに双眸が細く見えるからすぐ見分けられる。筆代わりの小枝を砂に突き刺して、一旦裏の絶壁へ回った。 彼等はボクと同じくかなりの巨体の持ち主で、原寸大のままでは世界中の海を氾濫させると言われている。 これでもまだ体を小さくした方だ――以前、彼の方がそうやって文句をぼやいた事があった。 それはつまり、ボクの方が擬態能力に優れているという自白だ。 ボクを見下していたというより、単純に彼はプライドが高かったから、その後暫く口を利いてくれなかった。 この仕打ちは酷く寂しい、そう訴えたら漸く話してくれるようになったけど、これでもボクらは対等な友達だ。 古い時代から長く生きる「神が創りし創世の獣」。 人間はボクらをそう呼んでいるらしいけど、そんなに難しく考えたり分別しなくてもいいのにとボクは思う。 「もうお昼寝は済んだの? 奥さんの方は?」 「おい、止してくれ。あれはそんなんじゃないと言ってるだろう」 「またまた。ぴったりくっついて離れてくれないとこないだ言っていたよ。ボクは確かにそう聞いたんだ」 「……あの莫迦、余計な事を」 彼女の方はそうでもないけど、彼はとても恥ずかしがり屋だ。プライドが高いからなおさらなんだろう。 恥ずかしがらなくても、好きなひとの事は好きと胸を張って言えばいいのに。 またむくれられても困るから言わないでおくけれど。 「また砂浜に何か書いていただろう、懲りない奴だ。今日は何を書いてる」 「うん、文字だよ。こないだ一つ、人里が駄目になったでしょう。そこで使われていたやつをね」 一時、手首から先だけ擬態を解除して、ボクは岩肌に爪を走らせた。楔型の文字を幾つか書き記す。 リヴァイアタンは黙って見ていたけれど、途中、彼の鼻から微かな嘆息の気配があった。 「ヒトでもない獣らに字など教えてどうなる。読みはおろか書けもしないだろうが」 ボクは字を書くのを中断した。見上げると巨大な海蛇の頭が呆れ顔を浮かべている。 彼の言う事はもっともで、そもそもボクが岩や浜辺に字など書くのは彼らが海底から出てくるまでの暇潰し、若しくは 島の生き物に教養を与える為にしている事だった。 鳥、猪、蜥蜴、蟻、獏……生物は多種多様だけれど大多数は途中離脱する。 誰がなんと言おうとボクは懲りずにずっと続けているけど、あまり成果は出ていない。 「無駄な物事なんてないと思うよ。それに、滅びたヒトらも報われるかもしれないだろ?」 「放っておけ。ヒトと獣は相容れん」 「リヴァイアタンは薄情だなあ。皆等しく、神様に創られた獣じゃあないか」 なんとでも言え、リヴァイアタンは今度こそ大きく鼻を鳴らした。 彼の性格はよく分かっているけど、淡々としたところに憧れもするけれど、時々冷たいな、とも思う。 考えが顔に出ていたらしくて、彼はばつが悪そうに体中の鱗を一枚一枚浮かせてみせた。 君を悪く言うつもりじゃあなかったよ、苦しい弁解をしたボクに、彼は気にしていない、と小さく笑った。 「この島は狭い。それに貴様とはまだまだ長い付き合いになるからな。仲違いなどしている暇もあるまい」 屁理屈、というより本音といった方が正しい。 回りくどい言い方や、皮肉や嫌みをよくするけれど、本当は彼はいつだって優しい。 それは彼女――彼の対にあたる雌の方、もおんなじで、学術書にある彼等の生態なんてまるで嘘っぱちだ。 文字が島の外に、例えば渡り鳥なんかが余所に広めたりして、誤解が解けたらいいのにとボクは考えている。 「おぉーい、そこのクソヒマそうにしてるバカどもー」 「……おい、馬鹿が来たぞ。ベヒモス」 「リヴァイアタン、バカにバカと言ったら収拾がつかなくなってしまうとボクは思うよ」 ボクらがこうして語らっている時に、島の上空には必ずと言っていいほど暗闇が被さる。 正体はボクら「神が創りし創世の獣」のもう一柱、怪鳥ジズだ。 彼もまた身体が大きすぎて、彼が飛翔すると太陽がすっぽり翼に隠れて、島中が真っ暗になってしまう。 体つきはカラスや鵜といった黒い鳥より猛禽類に近くあるけど、彼はその……あまり頭が良くない。 「向こうの浜で人間どもが漁をやってたぞ。あんなへっぴり腰じゃ、まー碌なのが穫れねーな!」 「鳥目が何を言う」 「リヴァイアタン。うーん、彼等はあれで生計を立てているんだから、放っておいてもいいのじゃないかな」 「バァカ、オレ様達の見本ってのを教えてやろうぜって言ってんだよ。言わせんなよ、恥ずかしい奴らだな」 オレ様達。 リヴァイアタンと顔を見合わせてから、ボクらはぽかんとしたままのジズをほったらかして笑った。 ボクらは神に創られた特別な獣だけれど、他のどんな生き物より仲がいいと思っている。 生まれてから数千、数万年。長生きしていると色んな出来事があるけれど、ずっとボクらは変わらなかった。 ボクらは長寿だ、これからもずっとこうして笑っていられるんだろう。 それってなんて幸せな事だろう。 「よーし、そこまで言うなら待ってろよクソども。このオレ様がテメェらの為にでけぇ魚穫ってきてやる」 「止せ、どうせまた莫迦の一つ覚えのカジキマグロだろう。妻ともども飽き飽きだ」 「けれどボクはお腹が空いたよ。こないだ実った葡萄を持ってこよう」 一部の間じゃ、ボクらは「供物」になる為だけの生き物と囁かれているらしい。 けれど、その発端になる世界の終焉、通称「最後の審判」なんか一度も起こされていない。 きっと世界があんまりにも平和過ぎて、審判役の天使も昼寝を決め込んでいるのじゃないかとボクは思う。 全く、神様っていうのも案外ジズみたいに適当な御方なのかもしれないなあ…… …… あの日のことを、ボクは決して忘れることはないだろう。 銀の小波、或いは青い一角獣の角。表面は虹色の光沢に覆われた鱗は、血が失せた事で真っ白に染まった。 首の切断面はもう石化が始まっていて、それが元生き物である事すら想像し難くあった。 あの日……リヴァイアタンは、その気性、生態による危険性を示唆・危惧され、神と天使の手で掃討された。 誇り高くあった彼が命乞いしたのは、あの日が最初で最後。大切な妻を想っての事だったんだろう。 彼の悲鳴は天を裂き、空翔ける鳥を惑わせ、海中の生き物のあらゆるを発狂させた。 それでも奴らは彼を殺した。ボクとジズの前で、惨たらしいままに。 伝承のような慈悲など欠片もなかった。 彼の遺骸は、島に住まう生き物らに等しく分け与えた。 神と天使が彼を追って暴れまわったお陰で、海域はおろか陸地も散々たる有り様、皆食料に飢えていたから。 豊かな森も、青い湖面も、広大な土地も、何もかもが蹂躙され、とても暮らしていける環境になかった。 皆はじめはボクを気遣って肉を食む事を躊躇したけれど、ジズが尾に噛み付いた事で漸く吹っ切れてくれた。 これで当分の間、皆生き延びていく事が出来るだろう。 『……ベヒモス様』 『やあ、キルケー』 いつもの浜辺。血痕と飛び散った鱗に埋もれながら字を書いていると、背後から遠慮がちに声を掛けられた。 古くからこの島に住み着き、ヒトに学を与えていた魔女キルケー。 ボクらを信仰し、保護し、時には襲撃してくる天使やヒトを追い払うなどしてくれた理解あるヒト。 彼女はずっと泣いてばかりで、食事にも困っているのだろうに、未だにリヴァイアタンを食べようとしない。 逃げ惑うリヴァイアタンを隠す魔法をたくさん使って、魔力も溜め込んでいた薬草も使い果たしただろうに。 『向こうで配っていただろう。お上がりよ。その方がリヴァイアタンも喜ぶから』 『お悼わしゅう御座います……こんな事になるなんて』 胸に、肺に、心に、ぽっかりと大きな穴が開けられたような心地でいた。 だからボクには、彼女が泣いている本当の理由なんて想像も付かなかったんだ。理解さえ出来なかった。 そうじゃないか。 おこってしまったことはしかたのないことなんだから。 『せめて、貴方様方の為に、私になにか出来る事があったなら……』 『なんにもいらないよ。ボクはへいちゃらさ』 そうだよね、リヴァイアタン。 君の事を本当に理解しているものなんて、ボクとジズくらいのものさ。 他の誰でもないボクらだけが君の友達で、知恵があろうが全能だろうが、神も天使もヒトも皆「敵」だ。 ■エノク書 第六百六拾六頁 ・ベヒモス 「神の傑作」と謡われる、最後の審判のトリガーの一柱にあたる大型の獣。陸、大地などを司る。 その容姿はゾウ或いはサイに酷似しており、背中は強固な表皮と砂漠に覆われ、日に山の如き量の草を食む。 気性は温厚で、陸に生きるもののみならず空、海の生物からも慕われる穏やかな性質。 嘗てはリヴァイアタンと共に海で暮らしていたが、双方があまりに巨体であった為に海が氾濫してしまい、 やむなく陸上で暮らす運びとなった。別称として、ベヘモト、バハムートなどの呼び名がある。 (後に、彼は「忘れ形見」と遭遇する事となる) |
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