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オフィキリナス店主の心象風景(楽園のおはなし1章SS)


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空の色。
目に鮮やか。ニゼルの髪。アンブロシアの瞳。
勿忘草を切り抜いて、ボリジを水で淡くして、ターコイズを砕いたような……

「父と母が遺した色だ」

一本一本丹念に染め上げた糸が布を織りなす。
厚手のそれは明るい色の影響か、ふわりと軽い着心地だ。
空色エプロン。我が店の象徴……


若草の色。
最も身近な足元。小高い丘を埋め尽くす牧草。
鶯が零した羽根、仕入れたばかりの野菜や、湯を注ぐ直前のペパーミント……

「お茶でも飲むかい」

風が吹けば一斉に強く香り、初夏の訪れを色濃く告げる。
開け放つ窓の向こうに常の景色は広がる、羊たちは今日もそこに在る。
隣接する牧場の豊かな緑。艶やかな日常……


黄昏の色。
緩やかな黄金。暁橙の服。琥珀の瞳。
飴をゆっくり溶かして、金柑を卓上に飾って、孔雀草を切り出して……

「本当に、夕日が綺麗だ」

独りきり立ち尽くした、実り多き金の麦畑に陽が落ちる。
屋根の上から、皆揃って眺めた光景を君は未だ覚えているだろうか。
遺された形見の石。愛しい者が愛した風景……


夜色。
冥き底にして天井。僕の髪と片瞳。
誰一人いない海辺を抉り、藍蓼を布に染み込ませ、菫青石を床に敷き詰めて……

「昔から好んだものではなかったよ。『変わった』と言うのなら、それは僕が望んだからだ」

その色は世界を漆黒に染め上げるだろう。
光を拒み一欠片さえ通さずにいたそこに、やがて朝の灯は点される。
嫌悪していた筈の存在。価値ある自我という自己愛(エゴ)……


「兄ィー! ただいま!!」
「おかえり、暁橙。そろそろ夕食にしようと思っていたところだ、手を洗っておいで」
「わあ、今日カレーだ! やったー、洗ってくるー!」
「藍夜さん、お皿はこれで大丈夫ですか?」
「すまないね、アンブロシア。悪いがニゼルの分も頼むよ。そろそろ……」
「こんばんわ。藍夜、話って何?」
「……そういう事でしたか」
「まあね。ニゼル、今日はご両親は不在なんだろう。一緒に食事でもどうだい」
「いいの? わ、オフィキリナス特製カレーか。食べる食べる!」
「藍夜ってさー、味音痴のくせにレシピ通りに作らせるとホント上手く出来るよねー」
「琥珀くん、勇気ありますね……」
「言っちゃ駄目だよー、琥珀。藍夜、それ結構気にしてるんだから」
「おや、本人の前で悪口とはね。大した度胸だ」
「そんな物騒なモン出さないでよ!」
「兄ィ兄ィ、そんな事よりオイラ腹減っちゃったよー。メシにしようよー!」
「暁橙の言う通りだよ。ね? 藍夜」
「……致し方ないね」


「幸福」なんて人それぞれの認識の元で展開されるものさ。
誰かに与えられるものだけが全てじゃない。自ら望んで切り捨てる事もあるだろう。
それもまた生だ。
まだここに在る。ここに生きている。辛うじて立てている。だからまだ生きるよ。

それこそが貴女に出来る数少ない償いだ。




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 UP:13/06/10