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ある兄の独白(楽園のおはなし1章SS) TOP / NEXT |
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(鳥羽藍夜) 雷神の雷霆、月女神の弓矢、預言者の石版、歌い手の鉄筆、魔王の貨幣、盗人の羽根靴、船乗りの卵、 聖者の十字、幼子の雲剣、独裁者の懐中時計、笛吹きの横笛、物理学者のものさし、幻想作家の書記。 東西南北、大陸各地に点在する遺跡は数多くあれど、「使える」発掘品は極僅かだ。 今は昔、遥か数千年も以前、世界には超文明が存在していた。 化石から採取される油を用いて鉄塊を動かし、何千もの人間を収容出来る巨大建築物を作り上げ、 空に鋼の鳥を浮かべ、地中に駆ける金の箱を埋め、雷を細い糸に走らせ、昼夜を問わず街には光が溢れていたという。 手を使わず料理や洗濯が出来て、買い物も家に居ながらこなせたそうだ。 男は狭い部屋の中、板状の鉄塊に指を走らせ、宙に浮かべた硝子を覗き一日を過ごす。 女は男や子供の帰りを待つ傍ら、長椅子に寝そべりながら優雅に茶を飲み糸を紡ぐ。 中には長き歴史に名を刻まれるほどの卓越した能力、知恵を持つ者もあった。 世に植物は生い茂り、不思議な獣が楽園に住み、神と呼ばれる神秘が闊歩する地もあった。 神に見定められ、文明のあらゆるを知り尽くした所謂「天使」なる生命も繁栄していたとされている。 それを記した貴重な古代文書には、文明の高揚、後の衰退と共に、最後の頁にこのような記述があった。 豊かな暮らしであったが、彼らの精神世界はもしやすると恵まれていなかったのではないか、と。 遺跡群は確かに存在しているのだから、これが全くの幻想というわけでもないのだろう。 実際、盗人や学者、歴史家に自称魔法使いなど、酔狂な連中が日々生計を立てる為その地へ赴く。 超古代文明が残したもの、その殆んどは嘗ての威厳や力を失い鉄や石の塊に成り果てたものばかりだ。 とはいえ、それは「殆んど」の話であり、極稀に例外もある。 例外。 銘を彫られたもの。名を与えられたもの。神々、偉人、天使などが用いていたとされる特別な品。 僕らはこれらを超古代文明遺跡郡から名をもじって、支配者<ロード>と呼んでいる。 画家や彫刻家が思わず唸る外観、圧倒的な存在感、鉄塊にしては片手で持てる程度に軽いものが多く、 且つそれが貴重とされるのには理由があった。他の発掘品を差し置いて、それらが愛でられる理由は―― 「よぉ、トバの兄ちゃん。今日も儲かってるかい?」 「――ああ、こんにちわ。見ての通りさ」 「はは。閑古鳥も鳴き放題か」 思考中断。 一度手元の書記から目を離して、来客にカウンター越しでの対応。 彼の名はマトリクス。確か数年前に年下の妻を娶り、この間第一子が生まれたばかりの出稼ぎ組だ。 日焼けした小麦色の肌にラフな白シャツ、厚い胸板、人好きのする笑顔が好印象ではある。 性格も悪くなく、彼が一度酒場や商店街を歩けば老若男女問わず呼び止められ大変らしいと聞いている。 とはいえ僕は店番をゆっくりしたい。それ故に、この手のタイプは正直苦手だ。 「今日はなかなかの収穫だぜ、ワイルドだろぅ? 嫁ちゃんも俺に惚れ直すに決まってる!」 「そうかい、それは何より。とはいえ視てみない事には断言出来ないね」 「いいや、これは世紀の大発見に違いないのさ! 襲ってくる獰猛な魔獣を千切っては投げ千切っては」 「その割りには怪我一つないようだが。まあいい、失礼するよ」 「……相変わらずクールだなあ。ま、宜しく頼むよ」 カウンターに置かれた布袋。膨らみ具合から察するに、確かになかなかの収穫となったようだ。 口紐を解いて中身を一つずつ取り出していく。 黒味がかった鉄くず、金の四角い箱、乳白色の小さな球体、鋼玉や玉髄、翡翠から構成される装飾品。 生々しく魔獣や野生動物の噛み付き跡、爪跡が残された古びた布、黴臭い書物、青銅で出来た食器。 一つ一つ手に取り、左眼に極力近付け覗き込む。遺跡から採取されたものに顕著な臭いが鼻を突く。 最後の一つをカウンターに置くと、僕は口を開くより先に、引き出しの羊皮紙で鼻を噛んだ……。 「で、どうだい」、マトリクスの顔がきらきら輝いている。 「良い値が付きそうな『ロード』はあったか!?」 「ないね」 僕はにべもなかった。 「こっちの鉄の塊は錆付いた建築物の柱、これは階段の端切れ、この箱は一応『ロード』だけど、」 「なら結構な金額に!!」 「残念ながら底辺もいいところ、名のある王が臣下に与えた宝石入れさ。そう価値はない」 「そんな……」 王はけちな性分で、希少価値のあるものだけを選りすぐって手元に残していたが、他のある程度しか価値のない品々は 高値で商人に売りつけるか、臣下への褒美として与え、賞賛を得ていた、らしい。 鮮明な「映像」には髭を蓄えた男が出っ張った腹を自ら撫で回している光景が刻まれていた。 あからさまに意気消沈するマトリクス。とはいえこちらも商売だから仕方ない。 「……とはいえ、こちらの白い箱、三つのうち二つは装飾が綺麗だ。骨董品としてなら買い手も付くさ」 「! ほ、本当か、兄ちゃん!!」 「最悪、上蓋をナイフで剥いでタペストリーにしてもいい。額に入れれば足を止める物好きもいるだろう」 「て、てぇ事は……」 「銅貨五十、これを二袋だ。言っておくが、僕もこれ以上は出せないよ」 「いやいやいや! 『ロード』でもねェってのにそれなら上等なくらいだ! 有難い!!」 妥協案を試みる。乗った。銅貨五十枚なら妥当なところだろう。袋を渡すと、マトリクスは心底喜んだらしかった。 目尻をくしゃくしゃに歪めた表情は、幸福を噛み締めた際のそれで見ていてなんだかむず痒かった。 「これで嫁ちゃんに新しい服買ってやれる。助かった!」 「君がそうして毎日まめに稼いでも、服の一つも買ってやれないのかい」 「最近遺跡に出没する野生動物や野良ドラゴンの動きが活発でなあ。他の皆も苦労してるよ」 「ふむ、暁橙は何も言っていなかったがね」 「ま、あれだよあれ。俺の労働が実を結んで、ロードが取れると。労働だけにロード、ロードで労働……」 「……」 「……」 五点。 「にしても、トバの兄ちゃんの審美眼は相変わらずで助かるわ。買い取り価格も良いしさ!」 「その評判、是非もっと広く拡散して貰いたいものだね」 「本当さ。ロードの価値だってここまで断言出来る奴なんざいやしない。有難うな」 ロード。 マトリクスが立ち去った後、僕はカウンター上に放置されたガラクタ達をじいと見つめた。 超古代文明遺跡。 そこから持ち出される発掘品の多くは、先述の通り、これらのような鉄屑ばかりだ。 しかし「ロード」に限ってはこの法則から外れる。希少性故に名があるだけではないからだ―― 「――よお。邪魔するぜ」 こめかみに鈍い金属の触れる感覚があった。目だけ動かして正面を仰ぎ見る。確認出来たのは二人連れの男。 片方は背が高く、片方は丸々と太っている。どちらも如何にもな顔。 背の高い方の手は僕の頭に向けられていて、黒い金属質のものを握り締めていた。 「航海士の拳銃」。沈没する客船に乗り合わせた海技士の、他者を殺傷する鉛玉が詰められた武具。 乗客を殺したか、混乱を鎮める為の空砲だったか、或いは史実のまま彼の自害に用いられたか。 僕の「眼」はその中から答えを導き、脳裏にそれを照射する。 銃と呼ばれるタイプの殺傷力に優れる武器だが、その実は低級(ラブル・ロード)だ…… 「お前さんがこの店のオーナーなんだろ? 俺らが来た理由、言いたい事は分かるよな」 「この店でいっちばーん希少で、いっちばーん高いロードを出しな。そしたら命は助けてやるよん」 ロードを用いる上で注意したい点は二つある。一つは使い手の資質だ。ロードの多くはそれぞれ固有の気質を持っている。 これは言わば、ロードの銘そのものが象徴する者の気質を反映していると言っても過言ではない。 生ける動物、人間などと一緒だ。一つ一つの特性は全て異なり、彼らを同一に扱おうなど冒涜に等しい。 故に、使い手との気質が相容れぬものであればあるほど真の力を引き出す事は難しくなる。 誰だってそうだ、気の合わない者と肩を組むなど耐え難い。 「ほら急ぎな! それともコイツに、俺のロードにビビッたか」 「へへっ。なあ兄貴、コイツきっとビビッてるぜ。何せ兄貴の武器は正真正銘ロードだからな!」 「まぁな。いやしかし、こいつはこいつで売り物になりそうな顔立ちだよな?」 「確かにそうかもー!? 一緒に市場に持ってこーぜ、兄貴!」 顎を掴むな。ついでに口に指を入れるな、気持ち悪い。一時、思考中断。 ……僕はカウンターの下、ちょうどテーブルの真下に手を入れた。硬い何かが指に触れる。 「ほら何してる、自警団が出てくると厄介だからな、急いでロードを――」 「――出ふまどぅぇもにゃい」 「あー? なんだお前、兄貴に逆らおうってか。この金属がどんな武器か知って、」 店に並べた骨董品やロードを狙った盗賊、強盗、ならず者の来訪は、何も今に始まった事じゃない。だから慌てる事もない。 そもそも日常茶飯事過ぎて、腹の足しにもならないのが逆にネックだ。 木の葉を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。手はもう既に打ってある。 それにしても、指が邪魔をして上手く物を喋れなかったのは惨めなものだ。 僕がじゃない。 「知ってるさ三下。『招来、雷神の雷霆』」 目の前で弟分を「雷に打たれる」、この強盗の方だ。 カウンターの下、僕が掴んだのは高位支配者(レリクス・ロード)、雷を司る大神が用いた雷そのものだ。 正確には、稲光を模して作られた曲がりくねった杖状の金属物質。 その名の通り、これはあらゆる電流、電撃、雷を自動、或いは任意で発生させる事が出来る。 金箔で全体を覆われているように輝いて見えるのに、力を引き出すと一瞬、雷光の如く青白く煌く。 杖から発せられた電撃は迷う事なく直進し、あっと言う間もなく真価を発揮。弟分はもろに雷を浴びた。 ロード・コード開放、出力10パーセント、目標東経121-39、緯度56-34、心臓は止めるな。 ロードを用いる際気をつけねばならない点の、残り一つ。 それは物によっては使い手の想像以上の効を発し、予想以上の被害が出る事だ。 例えば、たった一人の対象に一撃だけ攻撃しようとして、街一つを丸焦げにしてしまった……そんな話をよく耳にする。 そもそもだ、ロードを扱う資質を持つ者など限られている。誰もが気楽に力を引き出す事など出来ない。 だからこそロードは希少であるのだし、操る才覚がなくともそれを欲する者が跡を絶たないのだ。 正しい使い手が正しい思考のもと、正しく力を解放し、使役する。 そんな簡単な事が、どうしてこうも理解されないのだろう。我欲を満たすツールと曲解されたのだろう。 「うおおおおおっ! ちっくしょぉ、よくも俺の弟を!!」 「おや、意外なものだね。血の繋がった兄弟だったか」 支配者を支配する。二度目の雷光が、所狭しと鉄屑を満たした狭い店内を照らした。 |
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