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ある少年の苦悩(楽園のおはなし4章SS) TOP / NEXT |
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洋装の屋敷に庭園を望める大きな空間がある。皆が寛げるリビングルームと言ったような所だ。 そこに似つかわしくない和装の縁側が設置されている。 そこからぼんやりと庭園を眺めている、十代後半の女がいた。 その女の斜め後ろ辺りから、14・5歳の少年が声を掛けた。 「ねぇねぇ、エノ君」 相手は返事をしなかった。 それを気にするでもなく少年は続ける。 「僕達、本に書いてある”最初の兄弟”みたく喧嘩して、僕はお兄ちゃんに殺されちゃうのかな」 普段、その屋敷のムードメーカー的な存在である少年からはなかなか見られない真剣な表情だ。 少年の母親もまた陽気な性格ではあるが、少年は群を抜いて陽気だった。 「その呼び方さ、キノコみたいだから止めてくれない?」 女が口を開く。 「……エノキ君?」 「僕を怒らせたいわけ?」 こめかみに青筋が浮かびそうなくらい表情を歪め、可愛い出で立ちからは想像も付かないような乱暴な口調、 少年はそれを気にする様子はない。 「大体ね、名前が同じなだけで違う生き物でしょ」 「それは……そうだけど」 「なに? それとも君は……アベル-弟君-は、カイン-お兄ちゃん-に殺されたいの?」 「……」 唇を尖らせ俯くのは、少年が考え事をする時のポーズだ。 それを見て、エノ君と呼ばれた女は深い溜息を吐く。 「あのね、そもそもカインとアベル-最初の兄弟-は……」 「別に、お兄ちゃんに殺されるのはいいもん」 「いいんかい、病みすぎだよ君! 母親以上だよまったく!!」 「でも、僕がお兄ちゃんに殺されちゃったらお兄ちゃんが悲しむから……」 尖った唇が直ることはなく、半ベソをかいて少年は俯く。 「だから! 君達の両親はアダムとイブじゃないでしょ!」 「でも、ヘラクレスは神話を辿ってるよ?」 「あれは筋肉バカだし、そう教えられて来たからね」 「んー……」 「そんなに気になるなら、父親の眼で見て貰えば? ”仕事”サボってるんだから、それくらい罰は当たらないでしょ」 女は嫌みを半分ほど込め肩を竦めながら少年を見つめる。 「お父さんはお母さんに夢中だし……」 「あの二人は相変わらずだねぇ」 少年は女の隣に腰を下ろし、縁側から足をぶらつかせる。 「この間襲ってきた頭の薄い天使が言ってた」 「……とりあえず突っ込むけどさ、天使は美麗って設定だからハゲはいないと思いうけどね」 「お父さんもお母さんも、ヘラちゃんもサラちゃんも、レヴィ君もマヨちゃんも、みんな歴史に従わなきゃダメだって……」 続けるんだ、と言う言葉を飲み込み女は続ける少年に視線を向ける。 「僕達も、カインとアベルの名前を与えられたんだから、 みんなが勝手にやってきたことの代償を払えって、怨むならお父さんとお母さんを怨めって」 「ふぅん、一応は気にしてたんだ」 「最近、お母さんもマヨちゃんも元気ないから……」 ふぅ、と小さく息を吐いて女は言う。 「そりゃね、君の母親なんだから悩みくらいあるだろうし? アレは……元から何考えてるか分からないし、ほっとけばいいんじゃない?」 姿こそ十代半ばでも、知識思考はまだ姿には追いついていない、人で例えて言うなら、生まれたばかりのこの兄弟。 投げ掛けてくる質問も幼稚な物から大人顔負けのそれ様々で、理解できるように説明するのは難しい。 それでも彼の母親は、それをこなしてきたのだ。 ちょっとくらいは認めてやらないでもないけどね、女はそう思いながら少年を慰めようと努力をする。 「バカな大人になんか振り回されないで、子供は子供を全うすればいいんじゃない? それこそ小難しい事なんて、君の母親や周りの大人が考えるでしょ」 「……うん」 「それにほら、そろそろ君の大好きなお兄ちゃんがおやつに呼びにくるんじゃないの?」 「……うん」 「何? まだなんか不満?」 遠くで少年を探す少年の兄の声が聞こえた。 唇を尖らせ俯いていた少年が、顔を輝かせ声の方を向く。 「ううん! もういいや、お兄ちゃん呼んでるし!」 「はあ? 何それ……」 「お母さんが、エノ君は真っ黒い本の持ち主で物知りだから何でも聞くといいよって言ってたけど、 あんまり物知りじゃないね?」 さっきまでの表情とは打って変わり、純粋で無邪気、その言葉が相応しく小首を傾げてみせる? 「なっ……にぃ!?」 「あ、おにぃーちゃーん! こっちこっちー!!」 少年はぴょんと身軽に縁側から下りると、そのまま兄の方へと掛けていった。 「あいつ……ったく!」 悔しげに唇を一噛みして、ゆっくり瞼を閉じた。 すぐに瞼を開いた女の瞳には、さきほどまでの鋭さはなく、優しい色をしている。 「ニジママさまの子供ですの。エノクが適うはずありませんの」 くすりと笑って少年の駆けて行った方を見つめた。 すぐに後ろから、今度は少女の声が掛けられる。 「……まま」 「あんまり、二人に心配掛けちゃいけませんの」 「うん」 「さ、アスター達もおやつを食べに行きますの。ほら、レヴィが呼びに来てくれましたの!」 女が少女の頭を撫で、歩くよう促す。 それに従い少女が歩く。少女の持つ杖の先に下げられた鈴がチリチリとなる。 何時もと変わらない光景。 思い出した頃に難事が降ってくる事もある。 それでも、秩序が守るこの白亜の屋敷では、どんな難事も一時の矜持にすぎないのかもしれない。 |
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