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モンスターハンター カシワの書 上位編(5) BACK / TOP / NEXT |
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「……それで、俺にどうして欲しいんだ」 沈黙は続かなかった。先に口を開いた銀朱の騎士は、僅かに目を大きくした黒瞳の娘にじとりと怒気を込めた視線を向ける。 言い返されるとは予想していなかったのか、ノアは何度か目を瞬かせてきゅっと眉をひそめた。いいからさっさと食え、とユカは首肯して続きを促してやる。 「どうって。わたし、ネムリ草を他人様に盛ったんですよ?」 「くどいぞ。今それを言ったところで俺にできることなどないだろう。何故、話を蒸し返す」 「……怒らないんですか。だってわたし、」 「書類を増やせという意味か、それとも別の意図が? どうして俺がお前の思惑通りに動かなければならないんだ、そんな道理もないだろう」 そもそも怒る怒らない以前の問題だ――大型モンスターの狩猟にも用いられる植物を、薬師、医師の権限ももたない一般人がギルドナイト相手に使用した。 仮に相手がギルドの人間でなかったとしても、彼女のしたことは悪質だ。そこに害意や悪意があったかどうかは重要ではない。 ただし今回の場合、「そうされる」理由におおよその予想はついていた。当時はしてやられたと思ったし、見抜けなかった自分の甘さに憤りを感じたほどだ。 「だからこそ気がつかなかったことにしておいたのに」。口から出かけた文句を喉奥に押しやって、ユカは小さく息を吐く。 「あの状況ならおおよそ予想はつく。お前以外にそれが成せた人間はいなかったからな」 「……気づいていたんですか。いつから?」 「さてな。民間療法や個人運営の薬師でも似た処方をすることもある。『結果的に問題はなかった』、それ以外に何かあるか」 叱ってほしいのか、罵ってほしいのか。雲羊鹿飼いは悔しそうにぐっと口を結ぶだけで、どう応じたものか、と言われた側は訝しむしかなかった。 「あのとき……ユカさん、どう見ても眠れていない顔でしたから。なんだか思い詰めたような表情でしたし」 「今度は言い訳か。お前の考えていることは、俺にはよく分からん」 「わ、わたしだって! ……でも、ユカさんに何かあればカシワさんが心配するじゃないですか。カシワさんだけじゃなく、クリノスさんも」 「それで効率化を図るためにやむなく盛ったと? 大した自信だな」 ノアは、彼女なりに懺悔しようとしている。それは分かる。一見は穏やかで可憐な娘だが、その実強情で意外と短気だ。謝るのも一苦労であるのに違いない。 しかし、それを受け入れるかどうかは自分次第だとユカは考えていた。 刹那、強い眼差しが躊躇いなくこちらを睨み上げてくる。反射で鼻で笑い返すと、色白の肌が瞬時にぱっと赤く染まった。 「その、自分を軽視するところ! カシワさんのことどうこう言えるんですか!?」 「別に軽視した覚えはないが」 「してますよ、自分の胸に手を当てて考えてみてくださいっ」 「ほう、どれ」 「ゆっ、ユカさんのばか! 本当にやれとは言ってませんっ」 よほど悔しかったのか、ノアはスープを一気にかっ込んで机上に皿を叩きつけ……ようとして、直前でそっと両手で包み置いた。 どうせならもっと味わえばよかった、と言いたげに直後唇を尖らせる。その仕草は、件の骸の龍との決戦の折にクリノスが見せたものによく似ていた。 若い娘は似た顔でふてくされるものだな、と変なところに感心してしまう。心の中を見透かしでもしたのか、じとりとした目線が飛んできた。 銀朱と黒は真っ向から睨み合う。ユカは、彼女にも聞こえるようにわざとらしく大きな溜め息を吐き出した。 「俺は『気にしていないし忘れていた』、お前もお前で『気遣うあまりつい』してしまった。それでいいだろう」 「む、むむ……」 「なら聞くぞ。あの処方、いつどこで誰に学んだ。安易に用いられるものでもないはずだぞ」 「それは……わたしの母が、あ、母はもうずいぶん前に亡くなったんですけど。当時、病が悪化するにつれ痛みで眠れなくなることが多くなって」 こちらを仰ぎ見たノアは、困惑か非難か、途端に険しい表情を浮かべて言葉を切ってしまう。 眉間に指をトントンと押し当てる仕草を繰り返されて、ユカは自分が眉間に深い皺を刻んでいたことに気がついた。 同情などしてくれるな――そう言いたげに娘は胸を張る。ハンターである実父の不在を何年も乗り切った、そんな自負が仕草や態度に表れているようだった。 「父も家を空けないよう気をつけてくれていたんですけど、たまたま遠征で帰れない日なんかは特に不安定になってしまって。それで、お医者様から直々に」 「少しでも眠れるように、か」 「はい。睡眠は命に直結するから、とのことでした。わたしや、交代で看に来てくれる村の皆さんも休まないと保たないからって……」 雲羊毛で織られたふわりと膨らむベルナ村伝統のスカートをぎゅっと強く握りしめ、ノアは顔を俯かせる。 これまでも彼女は誰かに同じ質問をされたことがあったのかもしれない。ユカは深く息を吐いた。そんな事情を聞かされたからには、余計に責められない。 「母の容態によって、使用量や痛み止めとの併用についてもお医者様には確認をとっていました。だから、ある程度の覚えがあったんです」 「危険な真似をしたな。下手をすればお前は、」 「さっき、ユカさんは『気づかなかったからナシで』って言ったじゃないですか。雄火竜に二言があるんですか?」 「……、ほう。言うな」 「もちろん。だてに長く、ひとり暮らししてないですからっ」 困ったような顔で笑うあたり、彼女も自分がいかに危ういことを白状しているか自覚があるのだろう。 人間とは見かけによらないものだ――その豪胆さや意地の強さなどは、ノアの見てくれ、華奢な容姿からはまるで想像がつかない。 カシワはそのギャップにやられたのだろうか。余計な世話焼きが片鱗をのぞかせようとしたところで、騎士は頭を振った。 「しかし、一人暮らしとは。今は、お前の父親も家に戻ってきているんじゃなかったのか」 「父ですか? そうですね、たぶん今頃慌てて起きて放牧作業に追われていると思います」 「……おい、お前の父親は龍歴院つきの上位ハンターだったはずだが」 「ですね、上位ランクのハンターです」 何故現役のハンターが家畜の世話を、それを言いかけてユカはぐっと言葉を呑む。 にこにこと満面の笑みで微笑むノアの背後に、怒り状態に移行した鋏角種か甲虫種の巨影が見え隠れ……したような気がしたからだ。 要は彼女はいたくご立腹である。そこには決して触れてくれるな、弧を描く娘の唇が無音でそう告げているように見え、騎士はそれ以上を問えなかった。 「他人様の家の事情に安易に首を突っ込んではいけない」、ふと幼少時に養父母から諭された教えが脳裏を過る。 ここは是非そうさせてもらいます師匠、口には出さず胸中でのみ二人の師に感謝した。 「……まあ、いい。俺には関わりのないことだ」 「ですね、ユカさんには関係ないことですから」 「それで、カシワかクリノスに用があったんじゃないのか。今日から上位クエストを受理すると言っていたからな、話は手短に済ませた方が……」 「あっ、父への愚痴は聞いてくれないんですか」 「誰が聞くか。俺に、寿命を縮める趣味はない」 クリノスといいノアといい、最近の若者はやけに口が回る。ぼやきかけたユカだが、それはそれだけ彼女たちが日々戦ってきた証なのではないかとも思えた。 片や商人の娘として多くの人間との接点を持ち、片や一人で牧場経営をやりくりしなければならなかったのだ。 その努力と苦労は、狩猟のみに傾倒してきた自分が解かるものではないのかもしれない。生きてきた経緯が異なるのだから、意見がぶつかるのも当然だ―― 「ユカさんって、お人好しですよね」 ――銀朱の騎士の思考を持ち上げたのは、他でもない雲羊鹿飼いの娘だった。ふと視線を投げた先で、黒瞳はやはり困ったように笑っている。 「……一応聞くぞ。何故、そう思う」 「気が合わない相手の事情を慮って罪を流してしまうところ、です。お仕事の評価に響かないんですか」 「流した覚えも見逃した記憶もないぞ。次はない、それだけだ」 「それでも、ですよ。十分お人好しじゃないですか」 「馬鹿を言うな。お人好しはカシワの方だろう」 暗がりの中、僅かにノアの頬が朱に染まるのをユカは見た。名を出されたくらいでこれなのだから、彼女のカシワに対する思慕は予想以上のものだろう。 カシワの奴め、口内で舌打ちしてマイハウスの奥へと視線を走らせる。未だ、後輩狩人たちに目覚める気配はなかった。 「あっ、いっ、いいです、大丈夫ですから。無理に起こさなくても」 「誰も、お前のために起こしてやると言った覚えはないが」 「もう……そういうところですよ、ユカさん!」 どういうことだ、娘の言わんとすることが分からず睨めつける。我ながら大人げないとも思えたが、懲りずに向こうも睨み上げてくるのでお相子だ。 ノアもノアで、スカートを握り込んだまま体を震わせて胸を張っていた。このプライドの高さと気の短さは彼女の命取りになりかねない。 親はどんな教育を、そう言いかけてユカは口を閉じる。母親を亡くし、父親はハンターとして家を空け……教育も何もなかったのではないかと思い至った。 とはいえ、彼女はかつてのように一人ぼっちというわけでもない。恋い焦がれ、かつまんざらでもなさそうな反応を返す守り手が近くにいるからだ。 (カシワなら、せいぜい身を挺して危機から拾い上げるくらいのことはこなすだろう) 思考を切り離す。視線が重なったとき、黒瞳は僅かな警戒と親愛とを表層に滲ませていた。 一方で、銀朱の側は捕食しようと思った獲物が存外賢く霞隠れして手が出せなかった、と言うように若干の苦々しさに揺れている。 「万が一があったとしても、父親以外にも頼れる存在があるのはお前の強みだ。何かあればカシワを頼ればいい」 「……」 「……なんだ、その顔は」 「い、いえ、だって、ユカさんはカシワさんのことものすごーく未熟者扱いしてるじゃないですか。それなのにそんな、頼ったらいい、なんて……」 「未熟なハンターに未熟だと言って何が悪い」 「あの、そう言い返すのってユカさんの悪癖だと思いますよ? 腕を見込んでいるなら素直にそう言ったらいいじゃないですか」 今度こそユカははっきりと舌打った。ぴゃっ、と未発見時にモンスターに背後から咆哮を浴びさせられたアイルーよろしく、ノアは肩を跳ね上げさせる。 「なっ、なんで怒ってるんですか!」 「怒ってなどいない。こういう顔だ」 「そんな、いくらなんでも図星を指されたからって……」 「お前が言うな。それより、本当にカシワたちと話をしなくていいのか。俺はもう」 「そろそろ本部か龍歴院に向かうぞ」。そう言いかけた矢先、騎士はぱっと窓の外に目を向けた。 耳に、強い違和感を覚えたからだ。直感、反射、警戒の類と言ってもいい。直後、ちりん、とごく小さな鈴の音が鼓膜を打つ。 鞭打たれたように、突然ノアが椅子から立ち上がった。青ざめた顔を見てただごとではないと把握する。彼女が走り出すより速く、ユカは屋外へ飛び出した。 「まっ、待ってくださいユカさん……」 「――何者だ!」 「そんな大声出さないでください! 家……わたしの、自宅にっ」 言われるまま、娘の指に指されるまま、彼女とその父が暮らす牧場に急ぐ。次第に音は遠のいていき、遅れをとったことに苛立ち歯噛みした。 先導するノアが、住居を越え、雲羊鹿小屋の前で立ち止まる。彼女の視線の先、朝露や白霧の中に紛れて、畜舎の入り口付近で何か細長いものが煌めいた。 「……なんだ、それは」 「『糸』です。ムーファの糸じゃなくて、伝手で手に入れた特殊なものなんですけど」 入口のすぐ横にしゃがみこみ、ノアはふつんと指先で、絹か蜘蛛糸を思わせる極細の繊細な糸を引きちぎる。 器用にそれを手繰り寄せ、何度か折り返して短くまとめるとユカの眼前に突きつけた。 糸の先端には、先のものと同じ音を鳴らせる鈴がくくりつけられている。訝しむ目をした騎士に、娘は嘆息混じりにぽつぽつと事情を明かした。 「変な動きをした人に絡みつくように、細工していたんです。細い糸ですから、こんな朝や夜だと見えにくくて……腕や足に絡んで、簡単に外せないように」 「……何故、そんなことを」 「ムーファの毛織物って貴重なんですよ。天然物は当然、最近だと織物も貴族の方に喜ばれるって。でも、うちの場合それよりも……」 彼女の視線をつられて辿り、ユカはすぐさま目を見開いた。畜舎の横に無造作に放られ、半ば牧草に埋もれていたのは照りのある美しい鉱石の結晶だ。 「父と村長に聞いたんです。流通名は、メランジェ鉱石っていうそうですね」 「限られた鉱床でしか得られないものだ。何故こんなところに」 「以前、わたしにこれをくださった方がいたんです。なんでも、わたしのことをずっと捜していたとかで」 「それにしても、だ。お前の父親のハンターランクでも持ち帰ることができない鉱石だぞ。気安く置いておいていいものじゃない」 そこまで話して、ユカは顎に五指を当てる。先の、鈴の音を鳴らしながら「逃げていった」マイハウスを「覗いていた」何者か。 あれは、まさにこの鉱石を狙った者ではなかったのか。ノアも同じことに思い至ったのだろう、だからこうして彼女らしくない全力疾走で自宅に戻ったのだ。 「ユカさん、これって……ハンターズギルドに提出した方がいいんですか」 「本来はな。譲渡を許可される代物ではないし、昔から素材の接合加工に重宝される一級品だ。お前にこれを渡した相手のことも気掛かりだが、それより」 「え!? いっきゅうひ……」 「俺は、鈴を着けたまま逃げた奴の方が気になる。恐らく音が鳴って怯んだんだろうが、それなら何故、すぐ逃げずにマイハウスに来る必要があったのか」 ランクが達していないハンターはもちろん、一般人の手にも余る鉱石素材。村の外れとはいえ無造作に放棄されていることに、騎士は驚きが隠せなかった。 メランジェ鉱石、別名は雲鳩石。上位ランクを遥かに超える、ごく一部の限られた腕前のハンターにしか採掘権を許されない貴重な品だ。 鈍く輝く最中、時折白から紫、山鳩色と目まぐるしく鮮やかに色彩を変化させるこの鉱石は、同じく接合素材として知られるユニオン鉱石に性質が酷似する。 メランジェ鉱石は更に多様な金属成分を含有し、それらが表面に薄いシャボン膜を張るようにして光を反射させることで複雑な色変化を魅せるのだ。 まるで金属をはじめとしたあらゆる素材を繋ぎ合わせ、様々な形状に変貌させるその特異性を、視覚の面でも捉えやすくするかのように。 (加工屋に提出するか、素材商の買い取りか……買い取り価格はそうでもないはずだ、やはり素材取引と見なした方が無難だろうな) ノアらの所有については交易で得た宝か、訳ありの預託品としてギルドか村に届け出ればいい。実際にそうして高級品を手元に置く貴族や豪商は少なくない。 しかし、この鉱石の価値を知っていて盗もうとする者がいたとしたら話は変わってくる。ユカは、呆然とするノアに用心するよう言い含めた。 「いいか、よく聞け。お前にこれを託した相手が何者かは知らないが、よほどお前に信頼を置いているはずだ。あるいは、これの価値を知らずにいたか……」 「そんな……でも……じゃあ、わたし、これ手放した方がいいんですか」 「縁あっての貰いものだろう。なにより放したくないと、お前の顔にも書いてある。このままここに置いて構わん、俺が龍歴院に許可を取る」 盗み目的で畜舎に、家に、テリトリーに手を伸ばされた。あらかじめ糸を張り警戒していたとはいえ、十分ショックに値する出来事だろう。 恐怖に身を震わせる娘が、改めて顔を上げてこちらを見る。縋るような眼差しに、騎士は静かに頷き返した。 「駄目です……そんな、手間ですよ。ユカさん、ただでさえお忙しいんじゃないんですか」 「ふん、さっきまでの威勢の良さはどうした。……いいか、『ここに置く分には問題ない』。持ち去ろうとした方が大ばかなんだ。取り違えるな」 「お、大ばか、ですか」 「それ以外にどう呼ぶ? 手続きのことなら書類が一枚二枚増えるだけだ。気に病むなら、それはカシワに向けてやるんだな」 瞬時にむっとしつつも赤面を浮かべたノアに、ユカは常の凶悪な笑みを返す。 さながらそれは、ねぐらに逃げ切ろうとした獲物が逆に火竜の誘導で崖に追い詰められてしまった構図のようだった。 睨み上げてくる黒瞳は僅かに潤んでいる。普段どれだけ一人でも生きていけると豪語していても、彼女も結局はごく普通の娘なのだ。騎士は知らず安堵した。 「その言い方。もしかしてユカさんは、犯人に目星がついているんですか」 「まさか。俺もそこまで万能じゃない」 「あ、そこは違うんですね」 「当然だ。名探偵をお探しならカシワにでも頼むんだな」 カシワさんの推理ってズレてるような気がします、ノアはぽつりと本音を零し、だろうな、ユカは彼女の心理を汲んで首肯する。 先ほどまでぼんやりとけぶっていた朝霧は、夜明けが近づくにつれ次第に薄れつつあった。遠くの尾根に煌めく金色を見出して、二人は思わず目を細める。 「しかし、メランジェ鉱石か。先までの濃霧といい……」 「え? 霧がどうかしたんですか。ベルナ村の朝は、いつもこんな感じですよ?」 「ああ、分かってる。独り言だ、気にするな」 首を傾げるノアに家事をするか、実父の手伝いに戻るかするよう促して、ユカは畜舎に背を向けた。 牧草が青々と萌えている。クリーム色の毛をした愛らしい生き物たちが、柵に囲まれた中でのんびりと草を食み、また屈強な男狩人に雲羊毛を梳かれていた。 上位ハンター、マルクス。「天空調査」に乗り出した龍歴院のプランに助力した人物の一人だが、その功績をノアは知らずにいるだろう。 知っていれば今頃カシワと揃って父親に質問攻めをしているはずだ。モンスターに対する畏怖よりも、親しみに近い情が勝っているように見える二人だから。 「いやに度胸が据わる……クリノスたちが気に掛けるわけだ」 思い返す。これまで何度か散見された、古代林における斬竜出現の急報。そのうちの一例の中に彼女とカシワたちとの出会いはあった。 普通、大型モンスターに追われ怪我までさせられたというのなら、恐ろしさのあまり彼らに怯えるか怒るかして日常生活に影響が出ることがほとんどだ。 しかし、カシワ一行のこと、実父のこと、家業のこと……ノアが気に病むのはそればかりで、彼女に傷ついた素振りはまるで見られない。 逞しく生きねばならない、それは分かる。だが、同じく過去大型モンスターに追われたことのある自分からすれば、彼女の胆力には目を見張るものがあった。 「ギルドの人間の尋問にも物怖じしないとは。気が強いのか、単に抜けているのか。どちらだ?」 何故、彼女の元にメランジェ鉱石が届けられたのか。伝手で入手したという細糸もまた、どこで仕入れたものなのか検討もつかない。 ユカは言葉を切る。……名うてのハンターというものは得てして皆一様にモンスター運が強く、また彼らに対する好奇心も尽きなかったとされている。 彼女の「本質」とはそちらに近いのではないか。だからこそカシワをはじめ、クリノスやこちらにも興味関心を寄せるのではないか―― 「仮にそうだとしても、だ」 ――溜め息交じりに小さく唸った。ハンターの父を持つのなら、その運や気質を継いでいても何らおかしくない。 考えすぎだ、頭を振り待機要員の伝書鳥を呼び寄せる。取り出した紙片に何事かを走り書きすると、銀朱の騎士は白い猛きんにそれを託して素早く放った。 「あの非力な腕で何ができる、何を成せる。これからカシワたちの狩りはもっと過酷になる……近寄りすぎれば、苦しむのは互いだぞ」 カシワに、ノアに、その覚悟があるのだろうか。狩猟難度が上がるにつれ、身も心も傷つかずに戻ってこられる保証は減る一方だというのに。 だからこそ、自分はこれまでの間後輩狩人に対して人一倍厳しく当たってきたのだ。 雲羊鹿飼いに罵られようと、双剣使いに呆れられようと、手を抜けば「これくらいでいいのだ」と黒髪黒瞳に慢心を抱かせてしまう。 装備を鍛えておけばなんとかなる……そんな甘えた思考を、自然界に生きるモンスターが許容してくれるはずがない。自分はそれを痛いほどよく知っている。 「――サリュ、龍歴院のギルドナイト。本日はもうお勤め上がりニャのですニャ?」 「……いや、これから書類仕事の続きだ。シェフ」 龍歴院前正面庭園に着くや否や、この広場の食事場を高台から仕切る恰幅のいい巨体アイルーシェフが話しかけてくる。 銀朱の騎士はふと立ち止まり、彼のどこか優美ささえうかがえる表情を見上げて微かに顔を綻ばせた。 「ナイトはミィのチーズ料理を受けつけないようですから。まことに残念ですが、それでも酒のオトモに選んで頂ける品もあり……感謝しておりますニャ」 「ああ。今度また、いくつかそちらの感性で固形のつまみを選んでもらいたい。構わないだろうか」 「おや、そういうことでしたら是非ミィにお任せを。特別なセレクトでご満足いただけるよう、尽力させていただきますニャ!」 でぷん、と見事な肉つきの胸を片手で打ち、アイルービストロのマスターシェフことニャンコックは力強くユカに頷き返す。 彼のチーズに対する愛と情熱を同僚たちから聞かされていた騎士は、これには苦笑いだけを返した。 思えばとけたチーズが苦手であることに罪悪感を持つようになったのは、その味わいを誰より愛する彼の熱意に触れて以来のことだ。 「余所の嗜好に口を挟むな、か」 「おや、ナイトは何かお悩みでありますかニャ?」 「いや。俺のような余計な世話焼きは、へたを打つと幻獣に蹴られるそうなんでな」 カシワとノアのことをチーズにたとえるのは何か、違うような気もする。 それでもニャンコックからの声掛けは、思考に捕らわれかけていたところを思いがけず解いてくれるきっかけとなった。 いつでも獣人は狩りのオトモであり、さりげなく心に寄り添ってくれる暮らしの友だ。考え込んだ挙げ句に毒を吐くのは確かに悪癖だな、とユカは頭を振る。 ほんの数秒前より軽い歩調で龍歴院に向かう赤色洋装の背を、フォンデュ専用のかき混ぜ棒を手にしたアイルーシェフはぽかんとしたまま見送った。 「いけない、ミィとしたことが。ナイトが次に選出ニャされるお酒の種類をお聞きするのを、忘れてしまったようですニャ!」 はたと我に返ると同時に仕事に戻る。陽気なステップ混じりながらも、ぐるぅんと大鍋のチーズをかき混ぜ、ニャンコックは文字通り腕を振るった。 この数時間の後、鍋の中身がようやく最高の状態に至った頃。ケチャワチャに挑むべく、カシワたちがこの場に食事に訪れる。 悲しいかな、見送りもなしに仕事に出た騎士にそこまで案じられていることを、この黒髪黒瞳は欠片も知らない。 |
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