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モンスターハンター カシワの書

 サブクエスト : ハッスルマッスルブギ〜惚気を添えて〜


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「あんたの腹、まだまだだねー」

その日、ベルナ村はいつものように晴天だった。のどかに流れる空気に草を食む雲羊鹿の群れ、アイルー屋台をはじめ家屋から溢れるチーズのとろける匂い。
どれをとっても平穏そのものを絵に描いたような光景だが、この村を拠点とするとあるハンター二人組の会話には若干の緊張感があった。
マイハウス――村の厚意で用意されている仮の宿だ――で仕事上がりにいそいそと着替えをしていた男狩人は、投げかけられた無遠慮な声に振り返る。

「それ、どういう意味だよ。クリノス」
「どういうって? そのまんまの意味だけど」

振り向いた先で、温暖期の空と同じ色をした髪の女狩人が出先の村人からもらったという名産品のリンゴを丸かじりしていた。
生意気そうで、どこかツンとした獣人種のような掴みどころのない顔をしている。
ギギギ、と飢餓状態に陥った轟竜のようなぎこちない動きでこちらを向いた相棒カッコカリに、娘は平然とした様子で言葉を投げかけた。

「わたしの母さんや兄ちゃんに比べたら、全然プヨプヨしてるなーと思って」

銀朱の、雄火竜の竜鱗と同じ色の視線が意味深に青年の腹部に向けられた。今は防具を脱ぎ終わり、インナーだけが外気に晒されている。
青年は、一度ムッとしてからソッと自身の腹に視線を落とした。さすさすと手のひらが腹を撫でつけ、直後不満満載の表情が年下の先輩狩人に向けられる。

「お前の家族ってベテランハンターばっかりなんだろ? そんなのと比べるなよ」
「ああ、プヨプヨしてる自覚はあるんだ?」
「誰も! そんなこと! 言ってないだろ!? お前なあ、そういうお前はどうなんだよっ!?」

リンゴの果汁があまりに多く、先輩狩人側は一人静かに慌てふためいていた。構わず早足で近寄った後輩狩人側は、これまた遠慮無しに娘の腹に手を当てる。
……しっかりと鍛えられた腹筋の感触が手に返されて、青年はすぐさまたじろいだ。あからさまな反応を見上げて、娘はにやりと薄ら笑う。

「双剣使いは体幹が命だから。テキトーにブン回してるわけじゃあ、ないんですぅー」
「うぐぉ……ぬぬぬ……グギギ……ギギネブラァ」
「どういう鳴き方? あのねえ、いくらノアちゃんの手料理が美味しいからってバカみたいに食べてたらすぐ肥えるからね? 防具の調整って難しいよ?」
「のののののノアのことは、今は関係ないだろっ!?」
「あー、はいはい。前よりはマシになったっぽいけど、油断しない方がいいよー。慣れてきた頃にサイズが! なんて話、ザラにあるから」
「うう……なんか、耳に痛い話だな……」

ノアとは、青年の甘酸っぱいナニカといった話だった。以下割愛。
もう一度後輩狩人の腹めがけてぺしぺしとシャドーボクシングまがいの仕草を試して、先輩狩人は気が晴れたとばかりに大ぶりのリンゴをかじる。
実に美味そうなリンゴだった。何故か、果皮は白く中身は赤い。雪山暮らしのドドブランゴらにちなんでドドブラリンゴというのだ、と娘は解説した。

「それにしたって、仕事始めたばかりの頃よりは少しは筋肉ついたんだぞ? ベルダー装備だってこの間調整したし……」
「調整っていっても少しでしょー? それ言うなら、ユカの方がわたしよりもっと筋肉つけてるよ」
「お前なあ! ユカと比べるなよ、あいつだってベテランだろ?」
「あーはいはい、ベテランベテラン」
「なんだよっ? それにお前ユカの筋肉とか言ってるけどな、あいつの身体見たことでもあるのか!? あいついっつも防具きっちりめに着込んでるだろ」

青年カシワは、現在の職に就いて以降何かと世話を焼いてくれる別のハンターの姿を思い浮かべて力強く頷いた。
名はユカといい、元は商業都市ドンドルマに所属するベテランのギルドナイトとされている。
……されている、というのは、件の人物が自身のことをあまり多く語らない気質である上に、とにかく気難しい質であるためだ。
下手なことを言うと消される、とまではいかないが、こちらが言い出した倍の量の嫌味が飛んでくることが予想できる。
とはいえ、嫌味どうこう言うなら眼前の女狩人とて似たようなものではあった。彼女もまた口達者な――生まれが豪商の元であるため――人物なのである。
こいつら考えてることがなんとなく似てるんだよな……一人ムムムと口内で唸る最中、ふとカシワはクリノスの反応が鈍いことに気づいて顔を上げた。
見れば、先のやりとり直後に先輩狩人の顔が謎に紅く染まっている。それこそ、ドドブラリンゴの果肉も真っ青の紅潮っぷりだ。

「なにっ……なに言ってんの!? バカじゃないの!?」
「えっ? 俺は何も、ただお前とユカって仲良いよなあと思って、」
「うううううっさい! バカシワのくせに!! とにかくっ、もっと鍛えとけよ、期待の龍歴院つきハンターなんでしょ!?」
「いてっ、いって!? おい、何するんだよ!?」

双剣の鬼人乱舞さながらに連打が飛ぶ。主に腹を、そして頭をしばかれて、カシワは目を白黒させた。
そうこうしているうちに、リンゴを食べ終えたクリノスは手を洗いに席を立った後そのままどこかへ出ていってしまった。
ペア狩りを終えたときにマイハウスで休息を、と話をまとめていたはずだったので、後輩狩人はただその場に居残ることしかできない。

「……んん? なんだあいつ、ユカだってマイハウスで着替えの一つや二つ、するに決まってるよな?」

首を傾げてベッドに座り、天井を仰ぎ見ながらとにかくだらける。
こういうことをやってるから腹筋つかないんだよなあ、とひとりごちていると、何者かの足音が石畳を叩くのを耳にした。

「お前だけか。クリノスは、どこにいる」

跳ね起きた先で、仏頂面を絵に描いたような青年がこちらに訝しむような視線を送っていた。

「ユカ! すれ違わなかったのか、ついさっき出ていったばっかりだぞ」
「気にするな、これといった用はない。大きな依頼が片付いたばかりだろう、お前たちにも休養は必要だ」

淡々とした物言いと硬質な声色だった。現職のギルドナイトである青年は、見慣れた羽根つきの赤色帽子を外して窓際の席に腰を下ろす。
相も変わらずというべきか、自然な所作で大量の書類を机上に広げる横顔をカシワはまじまじと観察してしまった。

「なんだ」
「うえっ? いや、お前たちにもって言うけどな、お前にだって休みが要るだろ。着替えて、少しゆっくりしたらどうなんだよ」

ユカという人物は、とにかく仕事人間として周知されていた。カシワだけでなくクリノスもそう認識している。
だからこそ目の前の青年が、それもそうだな、と珍しく席を立ったのを見てカシワは目を丸くした。
慣れたように手早く装備が外され、あまり見る機会のなかったインナー姿が露わになる。昔ながらのデザインだったが、肉体美もあり違和感は感じられない。
ほげー、と文字通り間抜け面を晒す後輩狩人に、銀朱の騎士は、なんだ、といきなり眉根を潜めて見せた。
はっと我に返ったカシワだが、どうしても、やむなく、不可抗力で、視線がある一点に集中してしまう。言うまでもなく、鍛え抜かれたユカの腹筋だ。

「いや……お前って身体鍛えてるんだなあと思って。顔もいいし、格好いいよな」
「……、寝ぼけているのか。それとも新手の奇病か?」
「どういう意味だよっ、いや、言いたくなるのも分かるけどな!! さっきクリノスとそういう話になったんだよ。あんたの腹筋ってまだまだだねー、って」
「なんでも構わんが、お前、他人の物真似は下手くそすぎるぞ。余所ではやらん方がいい」

失礼な奴だな、ぶちぶちと文句を並べつつ腹部から視線を逸らさない黒髪黒瞳に、いつまで眺めているつもりだ、赤色洋装は眉間に深い皺を刻んで返した。

「クリノスに見られるならまだいいが、お前に褒められたところでな」
「なんだよそれ? 俺だってそれなりに……」
「ほお、見せてみろ。そう言うからにはさぞかし鍛えてあるんだろう」
「ああ、いいぞ、見ろよ、好きにしろよ! ほーらほらほら、ツルッツルのプヨプヨブヨブヨだろ、こんがり肉もフルフルもビックリだぞ!!」
「……、……分かった、俺が言いすぎた。だからそう泣くな」

誰が泣くかあ、ギャンギャン喚く後輩狩人を、分かった分かった、銀朱の騎士は苦笑交じりに宥めて回った。
それにしても、と話題を変えるためにクリノスが残していったリンゴを手に掴み、手近にあったナイフで皮を剥きながらユカは口角をつり上げる。
ぎらりとした凶悪な笑みだった。それが彼の地の笑い方であることを知っているため、カシワは何も言わずに赤色果肉を皿ごと受け取る。
リンゴは、さりげなく白兎獣のフォルムを模して剥かれていた。小技がカワイイ。

「クリノスは、あいつは本当にそんなことを言ったのか。そうか……いいことを聞いたな」
「そうなのか? って、そういえばお前いっつも仕事漬けだよな? いつトレーニングしてるんだよ?」
「最近はそうでもないさ。事情もあってな、ある程度は抑えてある」

そう言う割には持ってくる書類の量が変わってないようにしか見えないけどな……と、カシワは口にしない。
何故か、ユカは幸福を噛みしめるような顔でごく僅かに微笑んでいたからだ。

「腹筋どうこう言っていたな。どうだ、カシワ。希望とあれば一度俺の訓練につきあってみるか」
「へっ? いや、俺はそこまでは……」
「ほお、男としてどうなんだ、惚れた女に良いところを見せようとは思わんのか。最も、俺の場合は仕事柄というのもあるがな」
「ほほほほほ惚れ……っ!? ばっ、馬鹿言うなよ、何言ってるんだよ!? おかしいだろ!」

つまりは、カシワがベルナ村のとある村娘に焦がれていることはバルバレ、もとい、バレバレであったということだ。
瞬時に赤面して慌てふためく後輩狩人を、銀朱の騎士は凶悪な笑みとともに眺めて緩くくつろぐ。
俺もお前も所詮はただの男だ、惚れた女に敵わん大ばかだからな――口にはしないものの、銀朱の眼差しはことのほか雄弁に持論を展開させていた。



こうしてドドブラリンゴを食べ終えた後、実際にカシワがユカにロッククライミングに連れ出されたのは、また別の話である。





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 UP:24/04/20