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生誕の夜を待つ(楽園のおはなし3章SS)


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赤に橙、金色と、暖かく灯るキャンドルの向こうには可愛らしくデコレートされた菓子類が所狭しと並べられていた。
どれもが乙女心をくすぐる造形ばかりだ。つやつやとしたイチゴに白塗りのチョコレート、新鮮なクリームと、口に入れた瞬間を想像しただけで胸が躍る。
ショーウインドー越しに洋菓子店を覗き込んでいた少女は、あまりにも魅力的かつ魅惑的なデザートを前に思わず立ち止まっていた。
季節は冬。自身の生誕日も近づく今日この頃、初雪もそろそろ……という肌寒さを感じる気温である。
街は色とりどりの飾り布やリボンで彩られ、ガラス板に透き通る色つきのフィルムが貼られたランタンの明かりがそこら中を極彩色に染めていた。
季節柄、ありとあらゆる人が浮き足立つ季節の到来である。ホリデーシーズン――本格的な冬籠もり期間を前に、少女もまた例外なく感嘆の声を漏らした。

「わぁ! おいしそうなケーキですのぅ」
「アスターさん。肥えますよ」

うっとりと、半ばだらしなく顔を緩めきったところで背後から冷ややかな警告が投げかけられる。
じとり、と恨めしさと憎らしさを込めた眼差しを向けると、声の主は整った面立ちの眉間にきゅっと皺を寄せて口を閉ざした。

「レヴィ。オンナノコの楽しみに冷や水をかけるなんて、紳士としてどうかと思いますの」
「……? 水は喚んでいませんが。召喚しますか」
「たとえっ、比喩表現っ、形容っ、ですの! もうっ。そんなんじゃ、ニジママ様の言う『人間味』にはほど遠いですの!」

特別な人種――というよりもはや「種族」だ――が多く棲まう、自身の拠点。しばらくぶりに出てきたはいいものの、統括役の指示でお目付役が着いてきた。
彼はとにかく口うるさい。もっと言うと指摘内容が的確すぎる。せっかく自由に買い物を楽しもうとしていたのに、これはあんまりだ。
八つ当たり混じりにマナー違反を指摘すれば、ヒトならざる少年は一度だけ瞬きをした後すっかり黙り込んでしまう。
「不覚だ」、「僕もまだまだです」。恐らく彼の言わんとしていることはそれだろう。見るものの心を見透かす黒の眼は、表層の虹膜を揺らめかせて沈黙する。

「何度も言ってますの、クリスマスは皆で楽しむものなんですのぅ。エルパパ様みたいに嫌みを飛ばしている暇なんてないですの!」
「先生は僕に間違ったことを指摘されないですから」
「盲信っ、過信っ、信服っ、ですの! それ自体は悪いことじゃなくても……『人間らしさ』を学びたいのなら、アスターの話もちゃんと聞くべきですのぅ」
「そう言われると面目ありません。すみません、アスターさん。僕もまだ未熟ものです」

出会ってしばらくしてからのことだ、この少年がこちらの護衛を自称するようになったのは。きっかけが何であったのか、記憶にない。
しかし、どこへ行くにも何をするにも彼が――細々とした仕事とやらが入っていない限り、気づけば用心棒として着いてくるようになっていた。
力不足だ、邪魔だ、とは決して思わない。彼がいかに鍛錬を絶やさず、屋敷の面々に尽くそうと努めているか……傍にいた自分は、それをよく知っている。

「そんな、縮こまらなくてもいーんですの。これから学んでいけばいいんですの、ニジママ様だっていっつもそう言ってますのぅ」

ガラス越しの展示から離れて、アスターはにこりとレヴィに笑いかけた。途端に、彼は無表情を崩さないまま肩を跳ね上げさせる。

「いえ……ニゼルさんは、僕やアスターさんに甘いところがありますから」

本当に、努力家なことだ。最近では「神獣」と等しく解釈される自分の魔獣形態をこちら側に近づけるよう、ヒトに変化する技能を磨いている有り様だった。
いつぞやのときは、竜鱗を生やした尻尾を垂らしたまま自室で武器を研いでいたこともある。見つかるや否や、珍しく慌てふためいて追い出されてしまった。
……なんとしてでも、早くヒトの姿に。そう言いたげな急ぎ足で、彼はどこに行こうというのだろう。
修行の一環、あるいは仕事と称する人間界の傭兵稼業のまねごとをそこまで馴染み深いものにしたいのだろうか。違和感一つ、ないほどに?
屋敷を出、ヒトの仔らしく街中を自由に歩くレヴィの姿を想像すると不思議と胸がもやついた。自然と唇がへの字に曲がる。

「アスターさん? どうかしましたか」
「……別に、どうもしないですの。レヴィも選びたいクリスマスプレゼントがあるなら選んでくるといいですの」
「それは……いえ、今日の僕はアスターさんの護衛ですから。問題ありません」

「ああ言えばこう言う」。面白くない、そう漏らす代わりにアスターは少年から目を逸らした。

「すみません。僕はまた何か失態を、」
「なっ、何も……とにかくっ、今日の目的は皆さんへのプレゼントをコッソリ調達することですのぅ。いいもの選びますの!」
「はい。そのへんはアスターさんにお任せします」
「え? レヴィは買わないんですの?」
「……僕には、そういったものを選ぶセンスがないようですから」
「そんなこと言って。皆さんなら、レヴィが選んだものなら素直に喜んでくれると思いますの」
「それは『同居人の僕が選んだから』に過ぎません。本心から喜んでもらえるようなものが選べるとは、思っていませんから。なにぶん、勉強不足です」

どこか遠い目をする海蛇型魔獣を胡乱げに見て、しかしアスターは彼に構わず歩き出す。
レヴィのまだるっこしい言い回しは、彼に戦闘技術を教える高位天使の影響が大きい。遠回しに反応を探られているように感じるが、本人に他意はないだろう。
最も統括役曰く、件の天使は「嫌みを言わないと死ぬ病を患っている」そうなので、レヴィにそれが伝染しないことを祈るばかりだ。

「うーん。シアかあさまは珍しい調味料かお菓子、ニジママ様は織物か紡績糸……って、これじゃ普段と変わらないですのぅ」
「どうせなら特別なものにしたい、ですか」

歩きながら、ショーウインドーを眺めながら、はたまた露店に顔を出しながら。匣型偽造天使は贈り先の顔を思い描いてああでもないこうでもない、と呻いた。
街は活気に満ちている。食べ物から酒類、陶器や小物入れに織物、絵画にアンティーク家具など、望めばなんでも手に入りそうだ。
しかし、屋敷で暮らす人々はそれぞれに個性やアク、こだわりがやや……否、かなり強い。
値段に文句を言いはしないだろうが、出来るなら各々の好みにピタリと合致させてやりたいところだった。自分も子供じみているな、とふと嘆息する。

「だって、せっかくのクリスマスプレゼントなんだからこだわりたくもなりますの。レヴィ、何かいい案ありませんの? 僕はセンスがない、はナシですの」
「そうですね。では、この時期にしか手に入らないものなんてどうです。期間限定品、アスターさんはお好きでしょう」
「……な、なんだか珍しく参考になる意見が出ましたの。誰の入れ知恵なんですの?」
「僕には、アスターさんの機微くらいしか理解が及びませんから」

真面目かつド直球に返されて、アスターは微かに頬を赤く染めた。何もそこまでハッキリと「アナタしか見えない」と言わなくてもいいだろうに。

「じゃあ……クリスマスパッケージのお菓子なんかを探しますの。食べ物なら早くなくせるし、藍夜パパ様やエルパパ様には茶葉がいいかもしれませんのぅ」
「そうですね。それがいいと思います」

連れたって歩く少年の、艶めく黒髪や瞳に張り巡らされた虹色の光沢膜が目に眩しい。
彼は特別な生き物なのだ。一度でも隣を歩き、大勢の人間たちの中に紛れ込めば、それがいやでもよく分かる。

「リヴァイアタン、ね……わたしには、少し手に余るかもしれないわ」
「アスターさん? なにか言いましたか」
「ううん、なんでも。それよりレヴィ、限定パッケージは売り切れるのが異様に早いんですの。人海戦術で行きますの!」

手分けして買い漁ろう、そう宣告した直後、突然手を掴まれた。驚いて振り向いた先で、海蛇型魔獣は明らかな怒気と不満を顔に滲ませている。

「アスターさん。あなたは『神の匣』です、申し訳ないですがニゼルさんの仰る通り単独で行動させるわけにはいきません」

彼がここまで感情を露わにするのは珍しい。思わず見とれてしまったアスターは、レヴィが放った二の句に顔をしかめていた。
大げさな話でもありません、立て続けに叱声が飛ばされる。そのまま引き寄せられ、くるんと背後に回され、先頭に黒尽くめが立つ形で行く手を阻まれる。
怒っているのだろうか――確かに、自分でもはしゃぎすぎたとは思っていたが。ばつの悪い顔をして追従する偽造天使に、海蛇型魔獣は嘆息した。

「……なんですの? レヴィ」
「いえ。アンブロシアさんが見立ててくださった、その洋装のことですが」
「ああ、この白いクリスマス仕様の? これはこれでなかなか可愛いんじゃないかって、」
「たまに見とれている輩がいます。アスターさんは無防備が過ぎます」

何を言われているのか、分からない。見上げた先でレヴィは端整な顔を強張らせている。以降、彼とは目が合わなくなった。
瞬きを二度した後で、言われている意味にようやく気づく。自分でもどうかと思う言葉にならない羞恥に満ちた叫び声が、口内に充満した。
熱くなる顔のまま、アスターは自称未熟なボディガードに着いて回る。情けない話だが、購入したプレゼントの中身は自分でも記憶があやふやになってしまった。

(あ、アスターの方がおねーさんのはずですの。どうしてレヴィがこんなませたことを……どういうつもりなんですの!?)

いかに「神の匣」として庇護されていようと、偽造天使がまだ出生して間もない「未熟もの」であることに変わりはない。
未熟もの同士、実のところ互いにいっぱいいっぱいだったのだ。
少女の能力行使はもちろん、荷物を宅配便に托すことも貨車を借りることも失念して、ひいひい言いながら二人は山盛りのギフトボックスを抱えて帰途につく。
当然、コッソリ買ったはずのクリスマスプレゼントについては早々とその場で住民たちにバレてしまうのだった。

(アスターさんにはいっそ、屋敷に篭もりきりでいてもらった方がいいのかもしれない)

アスターが悶々としている間、レヴィは冷静に己が気持ちを確かめていた。なにぶん予定になかった二人きりでの外出だったが、得られたものもあったのだ。
それ以降、ろくに顔も合わせられない気恥ずかしさを伴わせたまま、二人は偽造天使の生誕日までの日々を過ごす。
やがて赤に橙、金色と、暖かく灯るキャンドルが屋敷の至るところに飾られるようになった頃。
買い漁ったプレゼントの適当さやダブり加減、他もろもろの不備に苦い感情を滲ませながら、人知れずアスターとレヴィは顔を見合わせ、ようやく笑った。
今年も無事、クリスマスがやってくる。例年と少しばかり空気が異なる、そんな不思議と心躍る祝いの日だった。





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 UP:23/12/16