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サマーガール、サマータイム(楽園のおはなし4章SS) TOP |
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「あっっついですのぉ〜……」 雑踏に恨みをぶつけるような語気で、真横の少女がボヤいている。 そっと視線を落としてみると、普段は「一人前のレディ」を目指して奮闘しているはずの姿は欠片も見出せない、あられもない姿勢になっていた。 要するに、暑さにへばりきっているのだ。 長い繁鼠色の髪に、好んで選びがちな刺繍盛り沢山の装飾に、レース過多の重苦しい洋装。 暑くならない要素はどこにもない。自ら享受しにきたのではないのか、そう思わせてくれるほどの暑苦しい格好だった。 「ねえ、アスター。淑女ってなんだっけね?」 少しだけ意地悪を言ってみる。繁鼠髪の少女は、愛らしい顔をぐにゃりと歪めて睨み上げてきた。 「ラグエル……分かっているなら、冷却魔法の一つでも披露してみせなさいよ」 「はあ? ちょっとアスター、素が出てるよ、素が」 「そんなこと言っていられる状況だと思うの? 暑すぎて……ここまでとは思わなかったわよ」 「自分から行きたいと言い出したのに」。辛うじて指摘せずにおれた。 ニゼルは、今にも噴き出してしまいそうになるのを本人なりに懸命に堪える。 ……地母神の治める屋敷より、遥か南方に位置する交易都市。アスターなる少女の祖母にあたる魔獣とともに旅で立ち寄った、ちょっとした観光地だ。 この時期は海上から吹き寄せる南風の影響もあり相当気温が高くなる。 しかし、それに見合った観光業や漁業が盛んになることから、気候の険しさにもかかわらず多くの人で賑わうこともまた、確かな話だ。 屋敷で「あのときのマンゴージュース美味しかったなあ」などとうっかり口走ったのが、数時間前のこと。 アスターの得意とする空間術でこの地に降り立ったニゼルたちは、猛烈に強烈な暑さにヒイヒイ言いながら、 数分ほど前にようやく浜辺を見下ろせる喫茶店のベランダ席を確保できたのである。 「アスター、マンゴージュースは? パンケーキも。ほら、来てるけど」 「いらない……どうせなら、氷の丸かじりの方がマシよ……」 「うーん、淑女ねえ」 「そんなこと、よく言える余裕があるわね……嫌みなの?」 「そういうわけじゃないけど。だから言ったのに、その格好だとしんどいよ、って」 口惜しげに歯噛みし、拳をテーブルに叩きつける姿は、屋敷で可愛らしさを振りまく少女と同一人物にはまるで見えない。 とはいえ、彼女が本来この見た目通りの年齢の娘かといえば答えは否だ。 ニゼルはアイスティーをするすると啜りながら、浜辺を行き交う人々の姿を眺めて口端をつり上げた。 「なにを笑っているのよ」 「いやあ、賑わってるなあって。レヴィはどこまで行ったんだろ?」 「――呼びましたか、ニゼルさん」 そのときだ。店員や客でごった返していた喫茶店の中を、するすると縫うようにして現れた影が目に映る。 黒髪黒瞳、アスターに負けず劣らずの暑苦しい、黒革のボディスーツにその上に白色の神官服を重ね合わせた格好の少年だ。 名はレヴィという。 どこをどう見てもアスターに惚れているこの少年は、彼女同様ヒトの身ではない。 その証拠に、誰が見ても眉を潜める季節に不釣り合いな服装をしていても、彼は涼しい顔をしたままだった。 「レヴィ、おかえりー。焼きそば、あった?」 「よく分かりませんでした。ですが問題ありません。一通り買い込んできましたので」 「っていうか、暑くない? レヴィ、暑いの苦手でしょ?」 「先生に事前に助言を頂きましたので、冷却魔法を体内に仕込んできました。この程度の暑さなら問題ありません」 どさどさとテーブルに山盛りの食料を並べ落として、少年は悪びれもせずに言い放った。 冷却魔法と聞いたアスターが伏せていた顔をガバッと跳ね起こす。 途端に、淡々としていたレヴィの口調がうろうろと不安定に揺れ始めていた。 「……レヴィ……エルパパ様とヘラママ様、どっちが冷却魔法どうこう言ったんですの?」 「アスターさん。……そ、それは」 「アスターだって、そんなことできるならして貰いたかったですの! ひとりだけ、ズルいですのう」 ニゼルは噴き出す寸前だった。むしろ噴き出していた。 自分から「本格的な夏の暑さを感じられる観光地に行きたい!」と言い出した当人がこれなのだ。これを笑わずにはいられない。 「ニジママ様! 笑いどころじゃないですのう!」 「アスターさん、すみません。このチョコクレープ? ……でも食べて、機嫌をどうにか直してください」 「溶けてますのう!! デロデロだからいらないですの! 持ち帰りますの!!」 「あはは! レヴィもアスターには敵わないねえ」 「……問題……いえ、不甲斐ないです」 八つ当たりを甘んじて胸元に受ける少年は、心底困った、と無表情ながらに訴える。 ニゼルは、ぱっと羽織っていたパーカーを脱ぎ捨てた。色白の肌が剥き出しになり、かんかん照りの陽光の下、艶やかな夕日色の水着が晒される。 「ほら、アスターも! うじうじ言ってないで、どうせなら泳いで体温下げよう?」 「あっ、に、ニジママ様! ま、待ってくださいですのぅ〜!!」 ぱっと駆け出せば、灼熱の温度の中に微かに潮の香りが混ざる。 夏はまだまだこれからだ。踊る胸を弾ませて、少年少女を率いて青色の海へと飛び込んだ。 |
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TOP UP:23/10/29 |