取扱説明書  ▼「読み物」  イラスト展示場  小話と生態  トップ頁  サイト入口 



モンスターハンター カシワの書 上位編(3)

 BACK / TOP / NEXT




「彼」は焦っていた。いつもの遊び場に間食がてら出てきたところ、見覚えのない二足歩行の生き物が姿を見せたからだ。
いや、それ自体はいつものことだ。そういった生き物がこの黄金野原に虫やキノコ、キレイな石ころなんかを拾いに来るのは割とよく見かける。
問題は、今日現れた二本足の生き物の場合、突然二本の棒きれを使ってこちらに襲いかかってきたことだ。

「はあぁーっ!!」
『わ、わわわわ!』

自慢の爪をぶつけたり、眼いっぱい溜め込んだ水分を吹きかけたりもしてみたが、その二本足はそれをことごとく避けてしまう。
「彼」は、いつものように遊んでいる場合じゃない、とすぐに察した。何故か、向こうはこちらの動きを全て把握しているかのように立ち回る。
とん、と地面を蹴ってこちらの背に飛び乗り、短く鋭いもので何度も突き刺してきたと思ったら、今度は物凄く耳障りな音が出る玉をぶつけてきたりもした。
自慢の遊び場から引きずり落とされ、休む間もなく何回も棒きれで斬りつけられる。怒濤の連撃に体が震えた。
痛みだけでなく、いつものように「遊べない」ことにも「彼」はひどく動揺したのだ。

『……!』

鼻をくすぐる、僅かなニオイ。黄金野原の西側、ごく微かに漂う異臭を察知して「彼」は両腕を急いで広げた。

「旦那さん、ケチャワチャ逃げるニャ!」
「大丈夫だよ、リンク。ちゃんと『ペイント』してあるから」

ああ、悔しい。腹立たしいことに、その二本足はちょこまかと動き回る黄色い獣人まで連れていた。
そいつがまた厄介で、硬くて小さなくの字の刃を立て続けに投げてきたり、酷いときには地面のど真ん中に怪しいガスを噴かせる大穴を開けてみたりもする。
いちいち大空を指差しては、あっちに行く、こっちに逃げる、なんて行き先を誘導したりもした。そのせいで「彼」は何度も遊び場を飛び回るはめになった。

『フン、フン! なんなんだよ、痛いなあ!!』

ああ、憎たらしい。「彼」にとっての黄金野原とは、間食にぴったりな虫が豊富に暮らしている上に、移動に最適な蔓草がたっぷりと生い茂っていること。
二本足は二本足でも、ご馳走や草食種をたんまり連れ歩くノロマな奴や、見たこともない奇妙な玩具を持ち歩く厚着の奴がそっと道を通ろうとすること……
それらのことから、縄張りである以前に生活するのに欠かせない貴重な狩り場、遊び場ともいえたのだ。
だのに、あの二足歩行ときたら! いきなり襲ってくるとは何ごとか、自分は特別悪いことなんてしていないのに。
せいぜい棒きれを担いだ間抜けを「追い回したり」、ノロマな奴から「ご馳走をちょろまかしたり」、厚着の奴から「玩具を借りたり」しかしていない。
遊ばれる方が悪いのだ。面白いもの、美味しいものをのろのろと運んでいる方が悪いに決まってる……だから自分は悪くない。それなのに。

「――はっ! 旦那さんっ、何か来ますニャァ!」
「うえっ、こんなときにか!?」

「彼」は、眼下の光景を見てニパッと笑った。
見慣れた狩り場、見知った遊び場。いつもの住み慣れたフィールドに、まさに探していたものを見つけたからだ。
片や、異臭の主、本来ならお呼びじゃないハズの緑鱗と赤顔の賑やかし。片や、明らかに先の二本足よりトロい動きの、黒い毛並みの二足歩行がふたつ分。
両腕を畳んで、自慢の外套を両脇にしまい込んで、「彼」は一同の前に堂々と着地した。足裏に蔓草の感触、焦り顔の二本足はみっつ分――

「アル、これがケチャワチャ……で合ってるよな?」
「旦那さん、ケチャワチャじゃなくてケチャワチャ……ううっ!? ニャイ、そうですニャ!!」

――焦げるニオイがする。自慢の鼻をひくつかせてみると、ニオイの正体は赤顔の賑やかしが負う火傷であることに気がついた。
切れ味のいい刃に肉を裂かれ、更にその傷口周りを灼熱の火で焼かれている。まるで、炎そのものが傷を強引にこじ開けた牙であるかのような焼け跡だった。
ぱっと視界の端で何かが蠢く。二足歩行のうち、背の高い方が紺や群青、赤色を交差させる、炎の形をした棒きれを構え直した所作だった。

『アレは痛そう、でもコイツは……弱そう!!』

『ギィーッ!!』、両腕で地面に触れ、肩を張らせて、背筋をうんと伸ばしながら大声で叫ぶ。
油断していたのか、黒毛の二本足はどちらも痛そうな顔で耳を塞いだ。その隙に、赤顔の賑やかしは慌てた様子でどこぞへと逃げていく。
「彼」は、畳んだばかりの外套を広げて空気をまんべんなく両脇に捕らえた。いつものように小柄な体を宙に浮かせ、あっという間に相手との距離を詰める。

「旦那さんっ!」
「うおっ、こいつ……!」

二本足が風圧で硬直する。その隙に皮膜の下から得物を引きずり出した。「彼」が日常を共にする相棒、身の丈ほどもの長さを誇る鋭爪だ。
二度振り抜いただけで鉤が容易に相手の腕を裂き、ぱっと銀朱の竜鱗が散る。損傷はごく僅か、それでも向こうの顔に動揺が走ったのを「彼」は見逃さない。

『やっぱりさっきのより弱いヤツ! ダメなヤツ! 何か……面白いモノ、持ってるかも!!』

胸が高鳴り、着地と同時に「彼」は感情の弾むまま身を乗り出してケタケタと笑った。黒毛の二本足のうち、背の高い方が「ぬなっ」と妙な怒声を上げる。

「こいつっ……今、俺のこと笑っただろ!?」
「だだだ旦那さん、旦那さん!? 挑発に乗ったらケチャワチャの思うツボですニャ!」
「おい、見たかアル!? めちゃくちゃ笑ってるぞ、こいつ!」

頭から蒸気をあげる土砂竜や噴出口から怒気を吐く尾槌竜のように、そいつは顔を真っ赤にして鼻息、呼気を荒くした。
「彼」はケキャ、キャと声を出して笑った。実際、「彼」はそういった相手の怒り顔を見るのが心底面白おかしくて仕方ないのだ。
鈍重な脚、空を飛べない体、地に縫われた足裏と、二足歩行側はいつだって不自由な体つきをしている。
だというのに懲りずに棒きれ一つで自分に挑んでくるのだから、これは笑わずにはいられない。
ごく稀に、先の二本足のようにやたらと素早いヤツが来ることもあるが、そんなことは本当にごく稀だ。
怒りで我を忘れたヤツほどからかいがいがあり、相手をしてやる合間に美味しいものや面白い玩具を落としていくわけで……「彼」は、一歩先へ跳び出した。

「くっ! 一、二、三……全部で六回!!」

己が分身かのように自在に振るえる鋭爪を、うんと高く振り上げて垂直に振り下ろす。
右へ、時計回りへ、相手が一歩たりとも近寄れないようにぐるぐると体を旋回させながら、柔らかな湿った土に鉤を突き立てる。
鉤で大穴が開くならよし、爪そのものでぺしゃんこに叩き潰せるならもっといい。……残念ながら、黒毛の二本足は「彼」の元からすでに離れていた。
黒光りする眼が、怒気を滲ませたまま「彼」の動きを黙って見ている。睨んでいると言ってもいい。「彼」はお構いなしに外套を広げた。

「――アル! オトモ鼓舞、頼む!!」
「ニャイ! もう準備万端ですニャ、旦那さんっ!!」

甲高い、キレイな金色の音が鳴る。「彼」ははっとして音のした方に眼を向けた。
黒毛の二本足のうち、背の低い獣人がツボカズラによく似た形の道具を吹き鳴らしている。パァンと弾けるような音色は、妙に心をざわつかせた。
『放っておいてはいけない』、そんな気にさせられる。「彼」は外套で空気と風を捕らえ、常のように身を浮き上がらせた。

「――でぇいッ!!」

……その瞬間。その頭に、柔らかな金色の毛が覆う弱点に、突如として青黒い獣が噛みついた。
地面が泥を吹かせ、銀朱に煌めく竜鱗や水面色の鱗が俄にへこみ、確かに相手を封じる風が起きたのに。何故か棒きれが迫りくるのを「彼」は止められない。

「旦那さん、手を離しちゃ駄目ですニャ!」
「ああ、大丈夫だ!」

「彼」は動揺した。耳が痛い、熱い、それなのに鋭爪を伸ばすと異様に傷口が冷えている。それが多量の失血であることに「彼」は気がつけない。
全身から力が抜け、尋常ではない速度で血が滴り落ち、「彼」はあまりの痛みとショックで暴れ狂った。

「……お前に恨みなんてないんだ、悪く思わないでくれ」

宥めるように、言い聞かせるように二本足が上から言葉を投げかける。我を失った「彼」の隙を突いて背中に飛び乗り、金色の毛を鷲掴みにした。
――即ち、二足歩行の「カシワ」が下方から撫でつけるように振り上げたプロミナーが「ケチャワチャ」に食らいついたのだ。
灼熱の刃は、瞬く間に奇猿狐の耳を切り裂き緋を咲かせる。血飛沫が気化し、じゅうと赤い蒸気を立て、ケチャワチャはすぐさまもんどり打って倒れ込んだ。

(痛いよな、こんなの、痛いに決まってる)

頭を掻きむしり、背中に鋭爪を伸ばし、奇猿狐は乗り攻防に臨むハンターをなんとか振り落とそうとする。
がむしゃらに暴れ回る牙獣にしがみつきながら、カシワは音が鳴るほど強く歯噛みした。

(……けどな、お前は商人や護衛のハンターに手を出した。ここには食べ物も水もたくさんあるのに、なんだってそんなことをしたんだ!?)

あのとき、ケチャワチャは楽しげに笑っていた。向かってくる外敵がいるにも関わらず、彼は心底楽しげに笑っていたのだ。
受注書の控え、その文面が脳裏を過る。この奇猿狐は、遺跡平原を通過しようとした商人にちょっかいをかけ、護衛を担っていた狩人に怪我を負わせていた。
血を流す人間が出れば、積み荷に害を受ける者が現れれば、たとえそのモンスターに悪意がなかったとしても狩猟指名一直線だ。そこに温情はかけられない。
ハンターズギルドもモンスターの生態や気性を日々追い続けているが、野生の彼らに融通を利かせることを「自然との調和」と定めることは難しい。
モンスターらだけでなく、日々生活を営む人々を護り、双方の間にしかと境界線を引くのもまたギルドの仕事の一つなのだ――

「よしっ……アル、そのまま貫通ブーメラン頼む!」
「ニャイ!」

――カシワには、後輩狩人にはそういった目に見えない事情を汲み取るほどの余裕はない。ただ目の前のターゲットを相手にするだけで精一杯だ。
制されたケチャワチャがどうと倒れ込む。ざりざりと遺構を掴みながら着地して、カシワはプロミナーを携えて再度疾駆した。
赤い、深紅の灼熱が噴き上がる。振り下ろした斬竜の片手剣が、柔らかく波打つ金色を一刀した。






「ケチャワチャは火に弱い」。ベルナ村のオトモ武具屋の言葉通り、ダメージが重なったのかケチャワチャは後輩狩人の前から急ぎ逃走をはかる。
立ち上がり、ばたばたと忙しなく皮膜を打ち鳴らしたと思いきや、垂直に飛び上がってみるみるうちに北へと飛び去っていった。

「も、もうあんな遠くに……」
「……おーい、カーシワー!」
「アルフォートー、カシワさーん!」
「ニャ!? リンクさん、クリノスさん!」

思えば、自分は鋭爪に当たらないようずっと気を張っていた。奇猿狐が離れてくれたおかげで気が抜けたのか、武具を備える両肩が異様に重く感じられる。
大きく息を吐いたところで、南東の方角からクリノスとそのオトモが駆けてくるのが見えた。
……彼女たちは何をしていたのだろう。疑問が顔に浮いていたのか、ふと先輩狩人は姿勢を前掲させ、仰ぐようにして目を合わせてくる。

「どうだった? ケチャワチャ。あんたもやり合ってみたんでしょ?」
「どうって……どういう意味だよ」
「えー? どうもしないけど……ねえ、バカにされたりしなかった?」

ぎくりとして、カシワはごく僅かに後ずさった。それに気づかないクリノスではない。
にまにまといつものように意地悪い笑みを向けられて、後輩狩人はなんだよ、とにが虫を噛んだような顔で食ってかかる。

「ううん、べっつにー? その様子だと、笑われたりからかわれたりしたんでしょー?」
「うぐぉ……お、俺はまだ何も言ってないだろ!」
「気にしなくていいよ。ケチャワチャってそういう性格だから」
「……へっ。え、ぁ?」
「ちょっと、なにその返事。いやー? わたしだって、最初のうちはムカついたりしてたし。今はもう慣れちゃったけどね」

それだけ好奇心が強いんでしょ、けろっと言葉を続けた後で、女狩人は足元のキノコの群生からアオキノコや特産キノコを自然な動作で採取した。
そういえば、彼女はこうして狩りの合間にさりげなく採集することが多いように思う。新たな発見だ、と後輩狩人は一人頷いた。

「上位ランクで解禁されるモンスターって、そういうのが多いから。性格や生態に一癖も二癖もあってー……慣れていくしかないよ」
「慣れ……って。そういうもんか。お前はケチャワチャとやり合ったことがあるのか、クリノス」
「んー、さあねー。どうだったかなー」

明るい口調で流すクリノスを見て、カシワはそっと嘆息する。きっとこの応酬は、慣れない場所に緊張している自分への彼女なりの気遣いだ。
有難いと、素直にそう思えた。ランゴスタの鳴くような声で悪い、と呟くと、どしたの急に、と明るい笑い声が返される。

「それはそうとして。あんたさ、その辺で採集とか、ちゃんとやってる?」
「え? いや……ケチャワチャだけじゃなくて、さっきまでドスマッカォもいたんだぞ。そんなことやってる暇あるわけないだろ」
「あー……やっぱ乱入されてたか。って、そうじゃなくて! 上位クラスの素材拾いが解禁されたんだから、クエストついでにちゃんと集めておきなよ」

自身のポーチをあさり、クリノスはついさっき集めたという紫色の硬質な鉱石や、目が醒める透明度の鎧玉、厳つく格好いいカブトムシなどを広げてみせた。
どれもこれも見たことのない上質なものばかりだ。おお、と感嘆の声を上げる後輩狩人に、先輩狩人はぎゅっと眉間を寄せ無言で苦言を呈する。
その眼差し曰く、「上位素材の基礎知識くらい覚えとけよ」だった。じとりとした銀朱色に、カシワは思わずたじろいだ。

「あのねえ、このカブレライト鉱石とかドスヘラクレスとか、すんごーく加工頻度が高いからね。今! すぐ! ここで! 見た目、覚えといた方がいいよ」
「うぅうわ、わっ、分かった、悪かった! いてててて、髪引っ張るなよ!」
「アルフォート、このコオロギを見てみるニャ。銀色の翅がすっごく綺麗なのニャー。精算品だからボクたちは持って帰れないけどニャ」
「ニャイ!? こんなにキレイなのにダメなんですニャ? 部屋に飾ってみたかったですニャ……」

狩り場のほとんどは、そこでしか採れない貴重な素材を有することが多い。
来訪したハンターや素材商がそういった品々を持ち帰ることもよくあることだが、ここでもランクによる制限が適応される。
クリノス曰く、「たとえ採集の最中に他ランク相当の品を見つけられたとしても、権限がなければ持ち帰ることは固く禁止されている」という。

「たとえば、このカブレライト鉱石かな。マカライトより頑丈でいい武具になるんだけど、下位のハンターだと手にあまるから持ち帰り不可なんだよね」
「こっそり持ち帰ったり……っていうのは、駄目なのか」
「ハンターノートや狩りに生きるにも『採集対象はコレ』って書いてあったでしょー。あんただって、その辺にボロボロ落ちててもガン無視してたじゃない」
「俺が必要だったのはマカライト鉱石だったからだぞ? わけの分からない石なんて持って帰ったって、仕方ないだろ」
「それだよ。ランクに達してない相手には、加工屋さんだってウンって言ってくれないの。そういう情報は拠点でも共有されてるってわけ」

モンスターの乱獲しかり、動植物、鉱石資源の枯渇しかり。自然との調和を目指すハンターズギルドは、狩り場の資源についても常に目を光らせていた。
クエストから帰還する折、報酬の受け渡しの際にギルドの職員から入手素材のチェックが入るのもこのためだ。
年に数回程度だが、そこで引っかかる者が出ることも稀にあるとクリノスは話す。

「……よく分からないな。加工してもらえない、買い取ってももらえない、それなら持ち帰る意味ってなんにもないだろ」
「フツーはそう思うよね。でもね、カシワ。今って繁殖期から温暖期に移ったばっかりでしょ? そういうときって、一定数のバカが沸いたりするんだよ」

先輩狩人の言わんとすることが理解できず、後輩狩人はただ首を傾げた。オトモたちは採ったカブトムシの背比べをしている。
ふと、ぱっとクリノスが後ろに振り向いた。真似するように首を伸ばして、カシワは見慣れた背格好の何ものかの姿を見つけてあっと声を上げる。

「ドスマッカォ! あいつ、また来たのか!」
「うーん? 鱗、ちょっと焼けてるけど。カシワ、あんたあいつに手ぇ出した?」
「そりゃ……ケチャワチャを狩りにきたのに、いきなり襲ってきたからな。けど、逃げてったからそれでいいか、って」

先輩狩人は、後輩狩人が聞き取れない声量でオトモたちに指示を飛ばした。すぐさまリンクが駆け出しアルフォートも続く。
黄色アイルーがブーメランを三連、立て続けに放つのと、オトモメラルーが――離れたここにまで臭い立つ――怪しい手投げ玉を放るのは、ほぼ同時だった。
ドスマッカォは大げさなほどに大きく上半身をのけぞらせ、ブーメランで冠羽が切り刻まれたのにも構わず、脱白兎獣の勢いで逃げ出した。

「……えっ、いいのか。狩らなくて」
「何言ってんの。下位のときにも乱入はあったけど、絶対狩ってこい、なんてわたし言わなかったでしょ」
「……、……。……そうだったか?」
「そうなんですぅー。っていうか、あんた、自分の右腕見てみなよ」

跳狗竜の背中を見送りながら、カシワは促されるまま腕を見下ろしてみる。
斬竜素材で作られた盾の、留め具の上。火竜素材で打たれた防具に、痛々しい亀裂と裂傷とが見つかった。

「!? さっきの……けど、そんなに痛みも重さもなかったはずだぞ」
「あのケチャワチャは上位の個体だよ? リオレウスの防具は貴重でいいものばっかりだけど、流石に鋭爪には敵わないよ」

目を凝らせば、盾の留め具にもうっすらと引っかき傷が出来ている始末である。銀朱の甲殻はひしゃげ、鱗はひび割れ、散々たる有り様だった。
愕然としたカシワを慰めるように、クリノスは首を緩く横に振る。耐えられないわけじゃないけど、と前置きして彼女は目を細めた。

「カブレライト鉱石もそうだけど、早めに上位装備に変えた方がいいよ。いざってときに耐えきれなくなっても遅いから」
「あの爪……確かに頑丈そうに見えたけど、ここまでの傷を作れるものなんだな」
「そりゃあね。下位の個体を退けて、我が物顔で狩り場を行ったり来たりできるくらいの個体だし」

喉奥でうなった後輩狩人は、取り急ぎプロミナーに砥石を走らせながらふと視線を上げる。
黄金野原の一角、佇む先輩狩人の防具や二振りの小剣は、これまで見てきた彼女のどの武具より艶があり、きらきらと陽光を反射させ続ける上質な品だった。
……不意に、疑念が湧いて出る。訝しむような顔で自分を見上げるカシワに振り向いて、クリノスはん、と小首を傾げて見せた。

「なあ、クリノス。今ちょっと気になったんだけどな、お前の双剣、前のと違うやつだよな?」
「うん? こないだのは対オストガロア用のだし。当たり前でしょ」
「そう、っじゃなくて! お前、いつもは鉱石素材の武器ってあんま使わないだろ! それにその紫の照り……お、お前、まさか」

こやし玉の臭いが失せ、オトモたちがコオロギやカブトムシを追いかけてニャイニャイ駆け回り……一時的とはいえ確実に平穏な、その最中。
女狩人は、震えて立ち尽くす黒髪黒瞳のハンターに意味深ににやりと笑いかける。背負った小剣のうち一振りを抜き放ち、彼女は切っ先をこちらに向けた。

「あっ、バレたー? そっ。わたしのはもう、ぜーんぶ上位装備でーす」

序盤用だけどね、キャピッと愛らしいポーズを決める先輩狩人を、後輩狩人は大口を開けた顔のまま呆けて見つめる。

「はああ!? お前っ、それ抜け駆け……!」
「上位クエストに行くんだからその辺で拾える骨だの鉱石だので作れる分は先に作っておくでしょ、フツーは。大体、あんたは弓の練習ばっかりやってたし」
「そ、それは……そうだ、ユカは!? あいつは何も言ってなかっただろ!?」
「わたしにでしょ? わたしのはもう上位装備だったから『あー何も言わなくてもいいな』って思ったんじゃない?」
「なら、俺は!?」
「あんたは一つのことに集中すると右から左に話を流してくから『あー今は何言ったって無駄だろうな』って思ったんじゃない?」

はっと我に返り詰め寄るも、クリノスの方が口達者であるのは今に始まったことでもない。
迅竜の刃翼捌きのようにズバズバと言い返され、カシワは顔を赤くしながら身を震わせた。クッ、と悔しげな呼吸が宙に溶け、

「ユカァ、あいつ……! 次会ったとき覚えてろよ!!」
「はあぁ!? うわぁ、三下の捨てゼリフっぽーい……」

心底悔しいとばかりにその場で地団駄を踏み、すぐさま後輩狩人は駆け出していく。
ケチャワチャに塗布されたペイントの実の匂いを追っているのか、あっという間に東の方角へと消えていった。
勝手にユカの心情を代弁――実はそこそこ的を射ていたのだが――したクリノスは、呆れ顔を浮かべながら、遠のくばかりの背中を目で追っておく。

(流石にもう油断も過信もしてないみたいだけど、やっぱりカシワってどっか抜けてるんだよねー……)

この場に、独白を汲み取り、察してくれる人間などいてくれるはずもない。首を左右に振って、先輩狩人はしぶしぶ後輩狩人の後を追った。





 BACK / TOP / NEXT 
 UP:23/02/16