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モンスターハンター カシワの書

 龍獣戯画 : ヤツカダキ恋奇譚(14)


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――此れは、彼の災禍より、数拾年ほどを過ぎた時代の話だ。



「親父、親父……もう少しで医者が来るから、それまで……頼むよ……」

重苦しい呻きが聞こえる。病魔に蝕まれ、衰弱し、息も絶え絶えで今にも事切れそうな男が一人、床に伏す。
傍らで祈るようにその左手を握るのは、涙ながらに生への執着を促すその息子。
黒髪黒瞳、身に纏うは狩人御用達の鉄と毛皮で仕立てられた蛮族の出で立ち。右腕には小ぶりの盾、腰には一振りの剣がそれぞれ銀朱の色で艶めいていた。
ぜい、と荒い息が零される。いても立ってもいられないとばかりに、息子は部屋の入り口に立ち尽くしたままの小柄な影に振り向いた。

「くそっ、お医者はまだか!?」
「……父さん」

手入れの行き届いた、年季の入った家屋。少しでも気が紛れるようにと広く設計した庭、それを一望できる縁側に、老翁の孫は立ちすくむ。
黒髪も黒瞳も男ら譲りだが、その顔立ちは酷くあどけない。先日七つになったというのに、うんとそれより幼く見える。
これは少年の母親譲りの所以だった。父のように凛々しい炎を宿す眼差しはしかし、人好きのしそうな面立ちで幾分かその鋭さが和らいでいる。

「お医者は、お医者は……ああっ、もういい! 俺が直接見てくる!」
「と、父さん、父さん!」

どたどたと、男は少年を置いて飛び出していった。落ち着いた口調と優しい気配の父親の豹変ぶりに、少年はじわりと目に涙を溜め込む。
そろりと振り返ると、彼はゆっくりと、怯えたような足取りで祖父の元に近寄った。祖父は、近隣では名を知らぬ者なしと言わしめる手練れの狩人だった。
短い黒髪には白が混じり、頬はこけ、青い皮膚には不健康そのものの赤黒い血管が浮いている。今となっては、かつての栄光や名誉など欠片も見当たらない。
物心つく頃にふらりと村に戻ってきた祖父のことを、少年はよく知らない。剣の指導を受けたこともあったが、太刀は手に馴染まなかった。
曰く、近場の里で「残党」を狩っていたという。父はその話に何度も頷き返していたが、母は祖父に自分を近寄らせたがらなかった。

「……、」
「じ、じいちゃん?」

あと一歩のところで立ち止まり、困惑したまま立ち尽くしていると、祖父の口から何かしらの物音が漏らされた。
木枯らしのように掠れた音に、死期が近づいていることを否でも予感させられる。少年は、慌てたように祖父の枕元の脇に駆け寄った。

「……ち、……よい、」
「なに? どうしたの、じいちゃん……」
「夜一……すまん、すまん……」

――時刻は黄昏時。ざわざわと木々が揺れ、紅い空を渡る烏どもが急激にどよめいた。じわりと部屋を溶かす日が雲に覆われ、俄に部屋が暗く閉ざされる。

「……よい、ち……?」

ネムと呼ばれた、名うての太刀使い。見る影もない老翁は、枕元に座す黒髪黒瞳の子供を見上げて目を見開いた。

「『ネム先生。俺はあんたを、許さない』」

口元が裂け、欠けゆく月のように険しく歪む。正座して顔を覗いてくるその少年は、確かに自身の孫のはずだった。
いつしか、部屋は暗がりの中に沈んでいる。はくはくと口を忙しなく開閉させ、直後、ネムは上手く呼吸ができずに己が喉を両手で掻き毟った。

「『シロタエを殺した罰だ。思い知れ』」
「……!!」
「『――さよなら。先生』」

びくり、と大きく老翁の体躯が跳ね上がる。ぱたりと力なく崩れ落ちた枯れ枝は、二度と動かなかった。
ふと、正座していた少年はゆっくり目を開く。ふわりと部屋に橙色の夕日が差し込んで、眼前、彼は祖父が絶命している様を目の当たりにした。

「あ、ぁ、ああっ……うわぁあああっ!!」

悲鳴を上げて、少年は父親を呼ぼうと駈け出した。呼び戻された大人たちは、あまりにも常識から外れた尋常ならざる狩人の死に様に動揺する。
老翁を取り囲み、ざわざわと小声で彼らが囁き合う最中。ふらりと戻ってきた少年は、屋内の遺体を見てまた嗤った。
欠けゆく三日月の如き、鋭い爪牙さながらの怪異の笑み。後に、少年「カシワ」の記憶の中に、祖父の存在は薄ぼんやりとした霞としてしか残されなかった。



後日譚 「宵血」



さわさわと、風に紛れて花びらが舞う。穏やかな日差しと満開の桜を仰ぎ見て、男はぼんやりと佇んでいた。
俄に、その背後が騒がしくなる。振り向いてみれば、よく見知った小生意気な面立ちの娘が、派遣先であるこの里の教官にあれやこれやと絡まれていた。

「やぁ、愛弟子! 今日も絶好の狩猟日和だね!!」
「うわあっ、ちがっ、愛弟子じゃないし! あんたの愛弟子はこの里にいる子たちでしょ!!」
「翔蟲の扱い方を教えたよね? じゃあ、君も立派な僕の愛弟子さ! 遠慮はいらないよ、さあっ、今日も元気に頑張っておいで!!」
「ぎぃー!! ユカの方が、あんたより何倍もマシっ!!」

天色の髪は額から後ろに撫でつけるように掻き上げられてあり、象牙色のバンダナで形が崩れないよう、額のあたりで固定されている。
両耳の前に僅かにあまった毛髪を残し、視界は確保しやすく、かつ年相応にお洒落を楽しんでいるという体だった。
女性にしては鍛えられた体つきで、特に上腕と太腿の発育が顕著である。動きやすい格好がいいと豪語するだけあって、件の部位と腹の一部が露出していた。
ぱりっと仕立てられた革製の装備は鶏冠石と樺色のまだら模様で、丈夫でしなやかな材質が売りだ。そこに金属や革のベルトをあてがい、強度を増している。
荒野を警護する人々の出で立ちをモチーフにしたその防具は、現大陸においてフロギィ一式と呼ばれていた。
「駆け出しの頃に愛用した装備だから」と、防具に防具を重ねるという近年開発された特殊加工を施して以来、長く愛用しているようだった。

「カーシワー! 何してんの、新しい武器派生、見に行かないのー!?」

実に元気がいい。正確には、里の教官――名はウツシといったはずだ――を振りきった勢いで、興奮しきっているのかもしれなかった。
駆け寄ってくるや否や、ばしばしと遠慮なしに二の腕を叩いてくる。いで、いっで、と、男は苦笑いを交えて娘を見下ろした。

「クリノス……お前なあ、ウツシ教官にもう少し愛想とか振りまけないのか。せっかく色々教えてくれてるのに、」
「――やぁ、カシワ! 元気に狩りに行っているかい!?」
「どわあっ! い、いつの間に後ろにっ!?」
「……へー、あっ、そう。じゃ、あんたが教官と仲良く狩りに行ったらいいんじゃない」
「うわっ、ちょっ、ま、待てよ! き、教官! 俺たちこれから、装備の調整入れてくるので!!」

おやそうかい、とウツシはすんなり二人の狩人を解放した。元より、里の中心にあたるたたら場前広場は里のあらゆる出入りを見守ることができる。
彼は真実まことの自身の愛弟子らの帰りを待つべくここにいたのだ。休憩時間も兼ねていたようで、任務中に装着している雷狼竜モチーフの面も外してある。
心なしか浮き足立つ傍ら、びし、と片腕を上げて見送りをしてくれたウツシに苦笑いを返して、カシワは慌ててクリノスの背を追った。



……炎とたたら製鉄で栄える里、カムラの里。
豊かな自然と良質な資源に恵まれたこの土地は、今から五十年もの昔、「百竜夜行」に見舞われた。被害は甚大で、それを機に里を離れた者もあったという。
しかし、当時の里長や次期里長として奮起した現里長フゲン、彼を支える仲間たちの懸命な努力のお陰で、歳月を掛け、活気溢れる里は取り戻された。
カシワとクリノスが数ヶ月前にこの地に派遣されたのは、他でもない、件の「百の竜が夜を行く」現象が再発したことが要因となっている。
手伝い要員といってしまえばそれまでだが、狩りの業を磨くため、未だ見ぬ素材を目にするためと、二人の希望は合致していた。

『そうか、引き受けてくれるか。助かった。俺も手が空いたら、顔を出しに行くとしよう』

新大陸と呼ばれる未開の地での調査活動が一段落ついた頃、現大陸に戻る船の上で、二人はカムラの里の件を馴染みの男「ユカ」から聞かされていた。
二人宛ての出向依頼は、だいたいがこうしてハンターズギルド直属の狩人である彼から指示されるものだった。
いつものように気軽に受諾して、カシワとクリノスはそれぞれの立ち寄りたい拠点に顔を出した後、すぐさまカムラ行きの船に飛び乗った。
……よもや、出発直前、クリノスが冷徹で無愛想なあのユカに「あれこれ」されていようとは露ほども思わなかったが。
彼女の首元に、ユカの髪や瞳と同じ色の石をあしらった革製のチョーカーが結ばれているのを遠目に見て、カシワは気恥ずかしそうに加工屋前に向かった。

「うーん……やっぱり。龍歴院周辺では見ない造り、素材ばっかりだね」
「ここも閉ざされた環境にあったからな。適応したモンスターが、余所とは違った進化を遂げているのやもしれん」
「ふーん、どうでもいいけどねー。わたしは珍しいレアアイテムが手に入るなら、それでいいし」
「強力な加工に希少素材は必須だからな。流石、仲間思いなだけはある」
「べ、べっつに。そ、そんなんじゃないし……」

先に武具加工屋の前に着いていたクリノスは、店主である鍛冶師ハモンと何やら話し込んでいた。
あいつの度胸はどこに行っても大したもんだな、カシワは頭をぼりぼり掻きながら歩み寄ると、さっと娘の横にしゃがみ込んだ。

「来たな、ハンター。今日はどうする?」
「こんにちは、ハモンさん。フクラも!」

ハモンの隣でオトモ装備の加工を任されているアイルーが、カシワの声に手を止めてぱっと顔を上げた。
彼に任せているのは、交易に出ているオトモたちの装備品の新調だ。小さな手が細々と装飾を纏めている様は、流石カムラの加工屋と呼べるほど手際がいい。
幸せそうににこーっと笑うフクラに同じくにこにこと頷き返して、カシワはクリノスが覗き込んでいた武器派生表に視線を落とした。

「……ちょっとカシワ。邪魔ー」
「はあっ!? お前なあ、もうちょっとそっち寄れよ!」
「こら、喧嘩をするんじゃない」
「ちがっ……クーリーノースー! お前のせいでハモンさんに怒られただろ!」
「はいはーい、ごめーんねーっ」

笑い合い、茶化し合いながらカタログを覗き込む。描かれているのは、元々の所属先である龍歴院周辺には存在しなかった武具、素材の山だ。
龍歴院つきハンターとして龍識船や新大陸など、各地に出向するようになって早数年。カシワは、生まれて初めて見る宝を眺めるように目をキラキラさせた。

「……うん? いや、ちょっと待てよ。俺の武器の新しい派生は見当たらないな」
「えぇ? あんた弓も使うじゃない、そっちも見てみたら?」
「いや、簡単に言うけどな……」
「見て、必要な素材数、強化素材を事前に確認する。基本でしょ?」

クリノスの実家は、商家にして隊商でもある。その関係で、彼女はカシワよりもうんと早くにハンター稼業に就いていた。
故に、年下でこそあれ狩りの経験は男の倍に相当する。至極真っ当な指摘に、カシワは口をもごもごさせるしかなかった。目の前でハモンが苦笑している。

「してやられたな、ハンター」
「うう……ハモンさんまで。見てなくていいですから」
「うーんと、弓、弓はー……ああ、ほら。この間倒してきた『ヤツカダキ』なら、弓の派生あるみたいだよ?」
「! ヤツ……カダキ……」

それは、最初こそ聞き覚えのない名前だったのだ――不思議とカシワは、龍歴院が活動の拠点として推奨する麓の村の光景を思い出していた。
緑と風に囲まれた村、ベルナ。狩人として初めて訪れた彼の地には、求婚した最愛の女が自分の帰りを気長に待ってくれている。
控えめにこちらの名を呼び、はにかむ女。長い髪に名花である星見の花を飾ってやったのは、いつのことだっただろう。

「弓か。お前はどうする、ヤツカダキなら素材が揃えば今すぐにでも打てるぞ」
「わたしは今はパスかなー……そうそう、ヤツカダキ! びっくりしたよ、まさか炎を吐いてくるなんて思わなかったから」
「ほお、我が里のハンターはつい先刻狩りに出たばかりだったがな。なかなか手強かっただろう」
「まーね。ねえ、聞いてよハモンさん。こいつ、カシワの奴、最初ぼーっと突っ立ってて何にもしなかったんだよ? しっかりしろよ相棒、って……」

カシワの耳に、クリノスたちの声は聞こえていない。おもむろに立ち上がり、ハモンが提示した妃蜘蛛の素材を見下ろして――

「ッえ、ちょっと、なに、カシワ……あんた、どうしたの!?」
「……え?」

――黒髪黒瞳の男は、滂沱の涙を流していた。音もなく溢れ出るそれは、意識して止まらせることも儘ならない。
つられて立ち上がったクリノスに、カシワは自分でもわけが分からない、と答えるように頭を振った。
言われて初めて、泣いていることに気がついたくらいだ。里の象徴でもある紺色の防具の手甲で目元を拭い、垂れ流されるばかりの雫を見て当惑する。

「……何故、どうして」
「ちょっと、カシワ?」
「悪い、クリノス。俺にもよく、分からないんだ……」

急速に潤み、霞んでいく視界。嗚咽さえ漏らし始めた男の頭を、彼の相棒は必死に撫で回してやっていた。
その先で、妃蜘蛛の鉤棘はただ黙して加工台の上に横たわっている。艶めく濃紫の輝きは、今日の晴天を映してどこか気高く、誇らしげに煌めいていた。



――真実とは、存外近くに転がっているものだ。ならば踊れ、竜を相手にする者よ。
より深い土の下、其の竜宮の更なる底へ。禁断の地に住まう獣たちは、今も諸君の訪れを悪意を囁きながら待っている。
「退屈はつまらない」。諸君らは、何時の時代もそう在っただろう?





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 UP:21/10/27