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モンスターハンター 夜一の書 龍獣戯画 : ヤツカダキ恋奇譚(番外編) BACK / TOP / NEXT |
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何が正しいか、誰が違えているか。そんなもん知ったことか。 残された側には残された側だけの矜持ってもんがある、それだけの話だ。 何故、どうしてなんて、今のオレには無用の悩みだ。 オレにはまだやらなきゃならんことがある。悲劇とやらに浸ってる暇なんざ、あるわけねぇ。 そうだろう……ヤツカダの、姐さん方。 番外編 「鎌鼬竜の意地」(前編) 『は……はあっ、は……』 頭を抱えたまま、目線だけを動かす。心臓が恐ろしい速さでドクドク言っていて、呼吸するだけで精一杯だ。 しんと、あたりは静まり返っていた。いつもシャアシャア喧しくたむろしている賊竜の小さい連中も、今はどこぞに出払っているらしい。 生い茂る竹林、そこに他の気配は感じられない。 そろりと手を頭から外して、ようやく一呼吸。どこからか生臭いにおいがして、オレは鼻をひくつかせた。 血と、土と、水飛沫と、大量に通り過ぎて行った竜どもの残り香だ。竹林の向こう側、それこそオレの数十歩先は酷い有様だった。 『こいつは……ひでぇや』 喉を潤す川も、身を潜ませる石灯籠も、寝床代わりの草むらも、虫を捕る樹木も、病気をこそぎ落とす泥溜まりも、どれもが踏み荒らされていた。 とんでもない損害だ。どいつもこいつも……事情はこっちも知りゃしないが、てんでお構いなしに荒らして行きやがった。 (火竜だ、泡狐竜だ、様々だが……なんだってデカブツどもは、他人様の縄張りへのハイリョってもんを知らねぇかね) オレは、自慢じゃねぇがここの御主人様じきじきにヨノアレコレってのを習っている。そんじょそこらの竜と違ってチエがあるのは、ソノオカゲだ。 だから、昨夜いきなり現れていきなりこの辺りを荒らして行ったデカブツの竜どもには呆れた。 ここまで荒らされて、残されたオレやその子分どもは、今後どうやって生きていきゃいいってんだ。 オレは近くに隠れるように指示していた子分どもに視線を投げた。オレが無事であることを察したのか、子分どもは石塔の影や竹やぶの中からもぞもぞと這い出てくる。 『おりゃ、イチノジ』 『へい! 親分!』 『よし、ニノク』 『あい! 親分!』 『そら、サンタ』 『合点! 親分!』 『よーし、よし。全員、きちんと揃ってんな』 『へい! 親分!』 『あい! 親分!』 『合点! 親分!』 『だあっ、いまカンガエゴトしてんだろっ! ちったぁ黙ってねぇか!』 他のより少しだけ、爪が長いイチノジ。他のより少しだけ、尾の鎌が鋭いニノク。他のより少しだけ、毛が長いサンタ。 どいつもこいつも、世話は焼けるがオレの大事な子分どもだ。御主人様からも『生涯の仲間は宝物だからね、大切にしておやりよ』とか言われてるからだ。 いいや、御主人様の命令だからってだけじゃねぇ。オレはこいつらのリーダーだ。ちゃんと、一人前になるまで面倒をみてやる心算なのさ。 『親分、親分。さっきのあれって……』 『なんだったのかな!? なんか、すっげー怒ってたよな!』 『ぶるぶる……おっかねぇよぉ。また、あんなのが来たら……おいら……』 『バカタレども。でぇじょうぶだ、オレがいるだろ』 子分どもが一斉にオレを見る。まだ丸さを残す眼にじっと見つめられ、オレは一瞬息を詰まらせた。 ――バカタレどもが。オレだって、あんな暴動見たことねぇよ! 『心配すんな。ほら、連中のにおいなんざすっかり遠のいたじゃねぇか。もう当分、戻ってこねぇよ』 『そっか。なんか、安心したら腹減ってきちゃったな』 『だよなー! 親分が言うなら違いねえや!』 『ぶるぶる……そうかなぁ、もう、来ないといいなぁ……』 どいつもこいつも未熟もんだが、オレと同じで見る眼がある。あんな暴動……こいつらには二度と見せられねぇ。オレは一度、牙をガリッと鳴らした。 『だが、何があったのかは知らねぇとならねぇ。オレはひとっ走り御主人様のとこに行ってくらぁ、オマエラは隠し食料でも漁ってな』 『へい、親分。道中、お気をつけて』 『えっ、生肉とかナントカコロガシだろ! ぜーたくうー!!』 『親分……は、早く、帰ってきてよぅ……』 イチノジ、ニノク、サンタの頭を尾で撫でつけて、オレは一度子分どもの元から離れた。 育ち盛りの甘えん坊なバカタレどもだ、早いとこ帰ってやらにゃならねぇだろう。 背中越しに振り向いて、あいつらが見慣れた茂みに潜っていったのを視認してから、オレはヤシロアトの真ん中に急いだ。 『……おや、鎌風じゃあないか。どうしたんだい、こんな朝早くに。まだ、曙光すら見えていないよ』 オレたちの御主人様ってのは、えらい真面目な方だ。 誰よりも遅く寝て、誰よりも早く起きる。むしろ、寝てねぇんじゃねぇかってのがイチノジの見だ。オレもだいたい同意見だ。 ものを喰ってるところを見たことがねぇし、居眠りや盗み食いだって……いんや、これはニノクのバカのアレだ。御主人様は、そんな「盗み」だなんだ絶対しねぇ。 『や、散歩ってんじゃねぇんです。その……』 『……ああ。この惨状のことだね? 君の可愛い子分たちに、聞いてくるように言われたのかい?』 藤色の体表に、凹凸の目立つ目玉。長い舌の見た目通りに、ジョウゼツな物言い。 怪我ひとつしちゃいなかったが、御主人様はどこか気落ちしたようにしょんぼりしていた……少なくとも、オレの眼にはそう映った。 御主人様の周りも酷い有様だった。池は濁り、灯籠は倒され、木々にゃ焦げ痕があり、地面にゃ円だか鎌だかよく分からない曲線が何本も残されている。 ここもあのデカブツどもに荒らされたんだろうか……オレが応えられずにまごついていると、御主人様は口端からふすんと息を漏らした。 『大したことじゃあないよ。君たちが無事なら、僕はそれでいいんだ』 『御主人様?』 『巻き込まれてやしないかと案じていたからね』 あの暴動のことを思い出す。なるほど、あれだけの勢いだ。オレや子分どもみたいな小柄な身体なら、引きずり込まれていたって文句も言えねぇ。 『そんなら心配いりません、きちんと隠れてやり過ごしたんで』――オレは、そう返事をしようとした。 けど、次の瞬間、オレはそう言うのをやめていた。 御主人様は、ヤシロアトの偉大な主オオナズチ様は、眼を閉じて口端を震わせていたからだ。 『ごしゅ……じんさま?』 『いや、いいや、いいんだ……なんでもないよ。ねえ、鎌風。君、少しおつかいを頼まれてくれないかな』 『へえ、了解の合点承知。それで、どこに行きゃいいんです?』 何故だろう。オレには、あのどんと構えて何ごとにも動じずにいた御主人様が、酷く落ち込んでいるように見えてならなかった。 どうしてだろう。それでも御主人様は、誰にもその理由を明かしちゃくれねぇんだ。オレがガキの頃からそういう質だったから。 『一番奥、一番離れた場所に、僕たちが逃げ込める大冥の穴があっただろう。火吹きに貸していた巣穴だよ。少し、様子を見てきてくれないかな』 火吹き……ここ最近、ちょくちょく姿を見せてくれるようになった、気難しい、恥ずかしがり屋の大型の蜘蛛の姐さん方だ。 彼女らはオレよりうんとでかい身体をしちゃいたが、心はずっとセンサイで、滅多なことで会えやしない。 子分どもは怖がってたが、オレはあの白い見事な織物を眺めるのが好きだった。たまに御主人様の伝言を伝えに行くこともあったからか、話をする機会だってそこそこあった。 そこそこ、上手くつきあえていたような気がしていたんだ。少なくとも、オレはそう思っていた。 『合点承知。様子見だけですね? じゃ、元気にしてるか確認したら、すぐ戻ってきまっさぁ』 言うが早いか、オレはすぐに石灯籠や壁を飛び上がってヤシロアトの最奥を目指した。子分どもを待たせてたし、またデカブツどもに出くわしたらたまったもんじゃねぇからだ。 御主人様が眼を閉じて固まったままでいたことなんて、欠片も気づきゃあしなかったんだ。 あの姐さん方が……特に、中でもより小柄な独り身の、花だの星だのを愛でる、ことさら優しい姐さんが如何しているかなんて想像だにしていなかった。 『……なんだってぇんだ、こいつぁ』 焼け跡だ。川そのものは無事だったが、そこらの木々は全部が焼け落ち、ペンペン草だって一本も残っちゃいない。 異臭と、沸騰した泥土のこびりつき、真っ黒に焦げた石ころども、あたりに散らばる焼けカス。御主人様が案じていた姐さん方の巣穴は、何から何まで焼け尽くされた後だった。 ざりざりと、黒く変色した岩石や砂を踏み、中を覗く。むっとした湿気と焦げ臭さにうっ、と唸った後で、オレはしぶしぶ穴の中に潜ってみた。 『……姐さーん。ヤツカダの姐さん方ー。いやせんか、オサイズチですぜー』 張り上げた大声は、真っ黒に焼け落ちた岩盤に飲まれて消えた。オレは、ぞくっと背筋が冷えたような心地になった。 オレや子分どもは生粋の怪異だ――そういう種族名なんだよ、と御主人様に聞いている――怖いもんなんざ、どこにもありゃしねぇのに。 真っ暗闇の中、どこかで誰かに見られているような、聞き耳を立てられているような気がしてならなかった。 (おかしい、おかしいだろう。姐さん方は強ぇ怪異じゃねぇか。だのに、なんだこの有様は) 御主人様の話じゃぁ、そこらの生き物っつぅ生き物を全部喰わにゃ気が収まらねぇ怪物だとか、なんでも腕っぷしで捻じ伏せなきゃ気が済まねぇ黒毛の化け物だとか。 そういった連中は、目の前にあるもんを一直線に焼き尽くすような不思議な力を使うことがあったって、そういう話だ。 だからって洞窟丸々ひとつ、いんや、オレたち怪異が何百匹も収まるような穴を燃やすことができるやつなんて、そうそういやしねぇハズなんだ。 なのに、火吹き姐さん方の巣穴は真っ黒焦げだった。まるで、奥の方から一斉に火を焚きつけたみてぇにボロボロに焼けている。 ……まるで、姐さん方が自分たちで自ら火を点けた、みたいに。オレは、咄嗟に頭をぶんぶん振っていた。 『バカ言うんじゃねぇや。姐さん方がんなことする理由なんざ、あるわきゃねぇ』 互いを思いやり、慈しみ、仔を育て……姐さん方は、そりゃあもう心根の優しい怪異だった。 ヤシロアトの下っ端中の下っ端なオレにだって優しくしてくれたくらいなんだ。帰り道にゃ、土産にってんで、珍しい苔や食べられる蟲なんかをくれたりした。 特に、中でもより小柄な独り身の、花だの星だのを愛でる、ことさら優しい姐さんなんかはマメだった。 「――ねえ。お前、子分がさんにんいたでしょう。これを持っていってあげるといいわ」 「姐さん。けど、こいつぁ……このへんじゃ滅多に採れねぇ不死の虫じゃねぇですかい」 「いいのよ。私には、過ぎた代物だもの――」 あの姐さんのことは、よく覚えてる。火吹き姐さん方の中でも特に背が低かったし、絹糸の織り方が上手かったから、よく眼についたんだ。 控えめに笑う怪異だった。オレは下っ端中の下っ端だったし、用があるのはだいたい御主人様からの伝令を渡しに行くときくらいだったから、そうそうお眼にかかれなかったが。 どの姐さん方からも大事にされていて、将来はより若々しくて元気のいい雄とくっつくんだろうな、なんて考えていた。 『……それなのに』 全部が、焼け落ちてしまった。琥珀色に明滅する灯も、暁の中で寄り添い合う織物も、なにひとつ、欠片の一個すら残っちゃいない。 誰が何のために。いや……何故、どうしてこんなことに。オレは、たったひとり、穴の中に立ち尽くしていた。 『……姐さん方に、何があったってぇんだ』 もう、何もかもが手遅れだった。オレは、困惑と動揺の果てにすぐにその場から立ち去ることにした。 正直に言うと、怖くなったんだ。 理由なんざ分からねぇ。けど、一刻も早く穴から出にゃならん気がした。誰にも踏み入って欲しくない……誰かが、あの暗がりの中でそう叫んだような気がしたからだ。 その後、報告に戻ったオレを御主人様は特に咎めることも諫めることもなく、『そうかい、そうかい。お疲れ様だったねえ』と宥めて終わった。 ……宥められたのだと、そう思った。なんでかは、やっぱり分からねぇ。けど、その日の御主人様はやっぱり気落ちしているように見えてならなかったんだ。 まさか、あの暗がりの一番下、一番深くて冥い穴の底で。 あの心根の優しい姐さんが、ここらで好きにやっているニソクホコウとやらのエモノに刺し貫かれて死んでいるなんて、予想できやしなかった。 あの姐さんがそのニソクホコウに恋をしていたなんて……オレは、オロミドロのじいさんからそれを聞かされるまで、なにも知りゃしなかったんだ。 |
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