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契約の女神の神殿にて(楽園のおはなし0章SS) TOP |
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(かつての可愛らしい人々) 「断固拒否する!」 視線は低い位置へスライドする。目の前、鼻息荒くそう宣言するその子供は、歳不相応に憮然としていた。 一瞬ぽかんとする主人と自分だったが、主人の口端にはにやりと不気味な弧が浮かんでいる。 ああ、本当にこの方は性格が悪い――天使アンジェリカは、書類を抱えたまま呆れ半分に苦笑した。 彼女が仕える地母神ヘラは、気高く美しく、何より賢い女ではあったが、なにぶん他の神に比べ性格が悪かった。 とはいえ、性格が悪いといっても他人に暴言を吐いたり、自身の仕事の一切を他に押しつけるような、他害性のある種ではない。 純粋に、自らの領域、支配下にあるものを愛で、からかい、好き勝手に扱う傾向が強いというだけの話だ。 恐ろしい事に、それらの行動には全て、飴と鞭といった絶妙な加減が施されている。 したがって、今も昔も、ヘラに敵対するもの、嫉妬を抱くものといった存在は殆んどなかった―― 「……ええと、サラカエル? 拒否するって、一体何を?」 ――目の前の、この少年一人を除いては。 愛想笑いで問いかけるアンジェリカだが、相手はヘラの事しか見つめていない。 仲裁するのも難しい、無意識に嘆息が漏れてしまう。 少年は、アンジェリカの苦悩を知ってか知らないでか、ふんと大げさに鼻を鳴らした。 「ウリエルと僕をこの神殿に引き取るという話だよ。お断りだね、オリンポスの神など信用出来るわけもない」 生意気、小生意気、めぐりめぐって、やはり生意気。 いつかの「審判」を経て新たな器を得た殺戮の天使――頸木の外れていない少年期――は、どこまでも偉そうだった。 いっそこのままふんぞり返るのではないか、という勢いで偉ぶる彼を前に、ヘラはやはりにやにや笑っている。 「いいのか? お前がそう言ったところで、ウリエルは未だ、研究施設で受けた傷や憔悴が癒えていない。 このまま引きずり出すならそれはそれで構わんが、ウリエルが早死にしたら、それはお前の自業自得だぞ?」 口を開いたと思えば、これだ。全力でサラカエルの痛いところを突き、挑発し、手懐けようとしている。 その真意くらいは見抜けているのか、サラカエルは顔を真っ赤にして、小さな体を震わせていた。 彼の対存在ウリエルは、前回の審判の規模が大きかった事に加え、対天使研究所での仕打ちで相当衰弱している。 今は、ヘラに保護されたままこの神殿で長い休息をとっているが、連れ出せばただでは済まないだろう。 その程度の事に、サラカエルが気が付かない筈がない。故に、彼は悔しげに歯噛みするだけだった。 「で? いつ、出て行くつもりなんだ? 荷物の手配くらいはしてやっても構わんぞ?」 「……ヘラ様? もう、そのへんで勘弁してあげてはどうですか」 「なんだ、アンジェリカ。こいつが『話がある』と交渉を持ちかけてきたんだ。割って入れとは言ってないぞ」 「やめてあげて下さいよ。まだ彼は子供なんですから」 子供扱いしないで欲しいね、ぼそりと呟くサラカエルだが、彼は何故、反抗すればするほどヘラが楽しげに笑みを浮かべる事に 気が付かないのだろう。アンジェリカにはそこが理解出来ない。 案の定、ヘラはますます意地の悪い笑みをその美しい顔に湛えていた。嘆息を吐けど、場面が好転する事もない。 元々、高位天使という生き物は、総じて自尊心が高い事で有名だ。 向かうところ敵なしと言われ、最後の審判を司る強力な対存在を有する殺戮の天使なら、なおさらの事だろう。 しかし、彼はあくまでただの天使だ。流石に大神の正妻には適わないだろう、とは思えないのだろうか。 傲慢が過ぎる、アンジェリカは呆れ半分の眼差しを向けるが、サラカエルに気付いた様子はなかった。 あくまで、彼は対天使ともども、親しくも何ともない女神に匿われるという現状が気に入らないでいるらしい。 「とにかく! ウリエルの体調が回復次第、ここを去らせて貰うよ。一生このままなんて、冗談じゃない」 「うん? おい、誰が『一生ここにいてくれ』なんて言ったんだ? それはお前の望みじゃないのか」 「はあ!? そっ、そんな事っ、あるわけないだろ!」 「ほお〜? 顔、真っ赤だぞ? お前もウリエルのように病気なんじゃないのか? 私が介抱してやろうか」 「〜〜っ!! 馬鹿にして!」 吐き捨てるように叫ぶと、サラカエルはずんずんと乱暴な足取りで部屋を出ていった。 実のところ、彼が自分達を解放するようにヘラに詰め寄ったのは、今日が始めての話ではない。 ウリエルの意識が戻った日以来、毎日毎朝の事である。その熱意には呆れてしまう、アンジェリカは再度嘆息した。 「はは! あいつ、面白いなあ。アンジェリカ」 「ヘラ様……もう、いつか刺されるかもしれないですよ。そろそろからかうのはお止しになられては?」 「いいじゃないか、退屈しなくて私は楽しいぞ。あいつもウリエルも、噂以上に面白い連中だったんだな!」 大神のもとを離れ、周囲の神々には変人と噂され、堕ちた記す天使には悪女とまで罵られ。 だというのに、ヘラには一片の迷いも、淀みも、憂いすらも見受けられない。 本当に困った方なんだから――アンジェリカは怒り心頭に遠くの廊下を進むサラカエルを尻目に、小さく笑った。 |
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