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ある天使の語り(楽園のおはなし0章SS)


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(黒い剣の天使)


古来より、ヒトはあらゆる過ちを犯す事の多い生き物とされてきた。
悪の化身に唆されたから、神の秘宝を盗んだから、謀反者の天使に秘法を授けられたから……その理由は様々。
けれどいずれにせよ、ヒトが神の手元を離れ自ら堕落と困難の象徴たる地上に降り立ったのは紛れもない事実。
如何に神が慈悲深くあろうとも気紛れであろうとも、自ら道を選んだ者等へ余計な手を差し伸べる事はない。
それを知らずか同情からか、横から口を挟もうとする者が最も醜いのだと「わたし」は思う。

「わたし」の管轄下にある地は天空の楽園とも、地底深くにある地獄とも異なる場にあった。
白亜の空虚な空間に、セフィロト、カバラ、ユグドラシル……あらゆる呼称を持つ巨大な樹がそびえ立つ。
その大樹は枝の生え際に幾つかの穴を有していて、穴の亜空間を利用し各階に行き来する事が可能だった。
階毎に扱う業務は異なり、またそれらを支配する天使もてんでばらばらで、誰がどの仕事を管理しているかは
知っていても、その天使本人がどんな顔や容姿をしているかまでは知らない、というケースも侭あった。
これは我々の世界に於いて別段珍しい事じゃない。
称号、地位、能力等の基礎情報は全ての天使間で共有されている。逆に個々の容姿や性別、嗜好などといった
重要性のない事柄は、各天使の死亡や断罪に伴う転生、再誕などのリセット施行で都度書き換えが行われた。
ヒトに紛れて転生してしまうケースもあったから、これらを深く追求し拘るような者は殆んどいない。
誰が何を考え、どう行動していようと何ら問題ない。
我々は神に与えられたこの身を以って、授かった業務と任務を遂行していればそれで良いのだ。
それが天使としての矜持であり本分であるのだから、疑問を抱くまでもない。

思考中断。長く轟く甲高い金属音が鼓膜を打つ。
ウロボロスの体躯、ないしメビウスの輪。そういった巨大な輪が複数、「わたし」の背後に連なる。
これこそが「わたし」の管轄するフロアーの中枢。通称、亜空間型罪科判別所(ベリアー)。
内部は空洞で、ヒト一人余裕で歩けるほどの高さと幅、広さを完備する、言わば巨大な筒型の回廊だ。
過去、ヒト、天使問わず罪を犯した者達のうち、ある特殊な手法で更迭された者だけを収容する為の巨大施設。
中では断罪と裁判が同時行使されており、判決を下された者は償いに相応しい期間、様々な幻想と空想に頭を
占拠されながら、延々と回廊を彷徨い続ける事になる。一度歩み始めれば、立ち止まる事が出来ない仕組み。
考えてみて欲しい。如何に強靱な肉体と精神を持つ者でも、永遠に続く責め苦に耐え得る者は殆んどいない。
そして更に、回廊の時の流れは基本として「停止」しているのも、天上界に於いては有名な話であった。
苦労して歩いても、結局その努力は報われる事がない。
何故ならそこで重ねた日々は徒労そのものであり、誰にも知られず認識さえされないのだから。
ベリアーは時に無限迷宮と呼ばれた。それは施設が罪人等の全てを内包したまま、そこに在り続ける故の事。
彼等が執拗に罪を償い続ける間、世界は刻一刻と時を刻み、彼等を歴史の舞台から置き去りにする。
そのせいか、例え罪を償い終え、脳内迷宮から解放される者があったとしても。
その多くは発狂、錯乱、酷い時には精神崩壊を発症、或いは変わり果てた世界に絶望する事が殆んどだった。

ベリアーが潤滑に機能するようにメンテナンスを行い、罪人等の動向を監視するのが「わたし」の仕事だ。
来る日も来る日も彼等は無慈悲で無意味な時を重ね続ける。それだけの罪を犯したのだから同情の余地もない。
ある者は悪の化身に唆され。
ある者は神の秘宝を盗み取り。
ある者は謀反者に秘法を授かり。
ある者は受肉の欲に溺れ己を失い、
ある者は神と同一化せんと神を驕る。
神に抗う事、そもそもそれこそが罪なのだ。我等を創造せし存在に、我等のような小物が何を出来ようか。
それが解らないから罪人等は増長する。どれほど歳月を無碍にすれば気が済むのか、全く以って甚だ疑問だ。
いずれにせよ、此処に来たからには赦しなど得られる筈もない。思う存分、彷徨って貰う事にしよう。




(彼等の歴史は流転する)



……

「『わたし』の名は『サンダルフォン』。倫理と論理、正しき在るべき世界を全ての生命に知らしめる者……
 『審判官の天使』によって送られた者等の罪科を裁き、測ると共にその重きを無限回廊に因って断罪せし者。
 哀れなるヒトの仔、否、姿改めし我等が同朋よ。何故貴女はヒトに、彼等に、『彼女』に味方すると云うの」
「そんな大袈裟な事じゃないよ、サンダルフォン。君もそうだけど皆簡単な事を難しく考え過ぎなんだよ。
 俺は『あの子』を認めたい、それだけさ。傍にいたいし見守りたい。どう成長していくか見届けたいんだ」




■エノク書 第一頁(black box)

サンダルフォン

世界樹セフィロトのうち、第三世界・ベリアーを支配する大天使にして、ベリアー唯一の君主を務める。
シェルとの戦いの後、対に当たる天使メタトロンともども行方不明となった。現在も捜索は続けられている。




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 UP:13/11/17