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夢現(楽園のおはなし3章SS) TOP |
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白く細い指が紺青の髪を梳く。 毛先まで指を滑らせ、離れてはまた梳く。優しく、愛しそうに、何度も何度も。 寒がりな紺青の髪の主は眠る時、愛しい人を懐炉代わりに隙間なく布団に包まるのだが、その夜は違った。 首元から冷気が入り込み、その身体を震わせる。 耐え切れず目を開け、いつも腕に収まっている愛しい人の姿を探す。 その人は布団から出て、丁寧に膝を折って座り、その指先を自分の髪に絡ませていた。 「ニゼル? どうしたんだい、まだ朝じゃないだろう」 声に気付いたその人は、赤紫の瞳を紺青の髪の主の瞳に向け、愛しそうに細める。 「お久しぶりです。ウリエル様」 いつもは、活発で女とも男とも取れる口調で話すその人は、そのいつもとは違い穏やかで、女性に近い口調で口を開いた。 「ニゼル?」 様子の違うその人にウリエルと呼ばれた紺青の髪の主は、怪訝そうに身体を起こし向き直る。 「すみません。本来なら、"私達"の意識は一つに混ざり合って"私"なのですが。アスター様とは違うのです」 「言っている……意味が、いまいち飲み込めないのだがね?」 「あの、すみません。なんと説明すればよいのか……」 赤紫の瞳の持ち主は説明に手間取り、普段起きる時間ではない時間に起こされたウリエルは、 目の前で起こっている事への情報処理に、脳が追いつかないでいた。 「えっと……」 紫の瞳はどう説明したらいいのか少しの間俯き思考し、そうだと言わんばかりに顔を上げ、ウリエルに微笑みかける。 「あの、また、昔のようにローズマリーで香水を作っては下さらないのですか?」 その質問に、ウリエルは目を見開き、寝惚けた脳が一気に冴える。 「君は……っいや、しかし"意識"は溶け合って一つだと」 「はい。でも、どうしても"私"として、もう一度ウリエル様とお話したかったんです。 ですから少しだけ、銀色の大樹の果実をお借りしました」 赤紫の瞳は、ウリエルから視線を外すことなく愛しそうにずっと見つめている。 「いや、その、ニゼルは香り物を好まないから、その仕事柄……いや、もう関係ないのだが」 状況を把握したウリエルは、先に問われた質問に答えようと狼狽える。 その姿を見た赤紫の瞳は、ふふ、と噴出した。 「大丈夫です、知っています」 「……君ね」 ウリエルは照れくさそうに、赤紫の瞳に抗議の視線を送る。 「本当は私もニゼルも、香水ではなく、ウリエル様が入れてくださる小瓶の方が好きだったんですよ?」 「瓶?」 「はい。いつも、小さくて可愛い瓶に入れてくださるので、つい集めてました。 ウリエル様が、『そろそろ無くなるだろうからまた新しいのを足してあげる』と小瓶を貸してくれという度に、 使い切ってないとか、手元に無いとか嘘をついてたんです。そうすると、また違う可愛い瓶に入れてくださるので……」 「……知っていたよ。それで、窓際に置いて、夜になると月明かりを透かして眺めていたんだろう?」 「!」 自分では隠していたつもりだった事を知られていたからか、赤紫の瞳は照れくさそうに頬を赤らめる。 「"君"も"ニゼル"も、分かりやすかったからね。 あれだけ窓際に並べていれば、昼間なんか太陽の光を反射して、外からでも分かると言うものさ」 「なんと、知られていたのですね……」 「まあ最もニゼルが自分から公言していたよ。中身より瓶の方が好きだと、月明かりがきらきらして綺麗だ、とね」 恥ずかしさに、赤紫の瞳は両手で顔を覆ってしまった。 その様子を愛しそうに見て微笑んだ後、ウリエルは顔を覆い隠すその手にそっと触れる。 「君は、世間話をするためだけに、君として"もう一度"僕と話がしたかったのかい?」 赤紫の瞳は横に小さく首を振り、手に触れ返し、その手を優しく握った。 「いいえ。ウリエル様は何でもお見通しなんですね」 そう微笑み、再びウリエルを見つめ直す。 「ウリエル様は優しい方なので、私が"こんな姿"になってしまっても受け入れてくださるから」 ゆっくりと話し出すその人を、ウリエルはただ静かに見守る。 「それでも、きっとどこかに複雑な感情を仕舞われていらっしゃると思うので……」 「ん、それで?」 「それで、あの時のことも気にしてるのではないかと……」 「……」 「それでも、どうしても気持ちをお伝えしたかったのです」 ゆっくりと言葉を選ぶ。自分の言葉がウリエルを傷付けてしまわないように。 「私、ウリエル様のお傍に居られて幸せでした。"今"も"過去"も」 「……ん」 「あの当時は、今のように手を繋ぎ触れ合う事も、寝所を一緒にする事も、ましてや身体を重ねる事もできませんでした。 それでも、幸せだったんです。 ウリエル様が入れて下さるお茶が美味しくて、土塗れになりながら微笑んでくれるお姿が愛しくて、 そんな貴方と、ただただ一緒にいられるだけで、私には十分でした」 "昔"を思い出しながら話す瞳には、懐かしさと少しの切なさの色が浮かぶ。 「ですから、あの時。貴方を庇って絶えた私を、嘆かないでください」 「ニゲラ、僕は」 「純粋に。本当に純粋に貴方に生きて欲しかったんです」 何かを言いかけたウリエルを遮り、赤紫の瞳は続ける。 「どんなに下級の私でも、ウリエル様の"仕事"、"過去"の事は少なからず存じ上げておりました。 初めてお会いしたあの日、怯えながら私に声を掛けてくださった事、覚えてます。 いろんな事に興味を示し、質問攻めにもあいました。 その度にサラカエル様にちくちく言われて。でも、どんな時間でも貴方と過ごせた事が、何よりの幸せでした。 いつも真っ先に私を気に掛けてくれて、微笑みかけてくれて。だから。 もっともっと、笑って欲しくて。私達が生きていたあの時を好きになってもらいたくて、だから、生きて欲しくて」 「それで、貴方を庇ったんです」 ウリエルは握られているのとは逆の手で、今にも泣き出しそうな赤紫の瞳の頬に優しく触れる。 そしてゆっくりと顔を近付け、額どうしをあわせた。 「ニゲラ、僕は今、そんなに嘆いているように見えるのかい?」 「……っ!」 赤紫の瞳は、泣くのを堪えて小さく横に首を振る。何度も何度も。 「それは悲しかった、絶望もした。あまりの衝撃で自分の力のことすら思い出せないほどにね。けどねニゲラ。 それは僕を庇った君にじゃない。いや、まったく違うと言えば嘘になるんだが。 ただ、庇われて手足も出せないほどに絶望した、自分を嘆いていたよ」 「ウリエル様……」 「僕は、君がどんな容姿でも、どんな性格でも、今に至るまでいろんな記憶を持ち合わせていて、 その中の君じゃない別の誰かの記憶を中心に行動していても、全部を併せた君が愛しいんだ」 「……はい」 「それは、最初は複雑でどう接したものかと戸惑いもしたがね。それでも、"全部"が"君"だろう?」 「はい」 「じゃあ、それでいいじゃないか。僕は、君が女でも男でも、何者でも、"君"なのだとしたら、何度でも受け入れられるさ」 「はい……はいっ」 耐え切れず涙を零すその人を、ウリエルはそのまま抱き締めた。 「ずっと過去を気に掛けていたのは、君の方じゃないか」 「だってえぇ」 ぼろぼろと涙を流して抱きついてくるその頭を優しく撫でる。 「ほら。何時までもこうしているから、二人ともすっかり身体が冷え切ってしまったよ。もうお休み?」 「――――っ」 ただ頷く事しかできないその人を抱き締めながら、ウリエルはそっとベッドに倒れ込む。 そして、いつもの様にその愛しい人を懐炉代わりに布団に包まり、そっと瞳を閉じる。 その人が腕の中で寝息を立てるのを確認した後、自分も眠りへと落ちた。 カーテンの隙間から、日の光が差し込む。 丁度いい具合に、閉じているウリエルの瞳の上に光がかかっていた。 眩しさに目を覚まし、片目を薄っすらと開いて、腕の中に視線を向ける。 既に起きていたのだろう愛しいその人は、ウリエルの寝顔をずっとみていた。 「あ、おはよう藍夜!」 昨日の夜とは違い、その人はやんちゃそうにくしゃりと笑った。 それに釣られて、ウリエルも微笑み返す。 「ああ、おはようニゼル」 「! あれぇ、今日は寝起きいいね? 機嫌もいいみたいだし。いい夢でも見た?」 いつもは寝起きがよくない事を、ウリエル自身も自覚していた。 それでも、昨夜の出来事を思い出せば、自然と機嫌もよくなるというものだ。 しかしどうしたことか、愛しい人はその出来事を覚えていないらしい。 「俺はさ、夢みたような気がするんだよね」 代わりに、夢を見たのだと言う。 「へえ、どんな夢だい?」 「……俺がさ、女の子みたいに藍夜に愛の告白する夢!」 完全に覚えていないわけでもなさそうだ。 時間帯が時間帯だっただけに、夢と認識してしまったのだろう。 「そうかい。僕もニゼルがしおらしい女子になって泣きながら抱きついてくる夢を見たよ?」 機嫌の良さついでに、ウリエルはその人をからかう事にした。 何か共通するものを感じたのか、愛しい人は真っ赤になって抗議する。 「!! もー! 嘘ばっか言わないでよー!!」 「嘘じゃない、本当の事さ。ほら、こんな風に」 まだ布団の中で抱き合ったまま。 ウリエルは意地悪く笑い、その人を更に強く抱き締めた。 照れて赤くなり、嘘吐き離せと暴れるその人の、なんと華奢な身体だろう。 もう二度と失いはしまいと、ウリエルはそう強く心に誓う。 過去の想い人同士が、遥かな年月を重ね、ようやくあるべき姿で再会し、寝坊したそんなある日の昼下がり。 |
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TOP UP:14/04/01 |