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どこかの国の牢獄で(楽園のおはなし3章SS) TOP |
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(かごめ かごめ) 「観念するのじゃな、物の怪め!」 鉄格子越しに胸を張る少女を、「フロル」は半開きの目で見ていた。 黒髪は前髪も送り毛も後ろも全て横一直線にぱっつんと切り揃えてあり、艶々とした光沢を帯びている。 衣服は輪の国ではよく見かける作りのそれだが、素材が違うのか、素人目にも高価なものである事が伺えた。 前面から左に掛けた模様は桜と極楽鳥のモチーフで、帯は金と銀の糸で光り輝き、漆塗りの履き物が目に眩しい。 なんだって金持ちってお金持ってるアピールが強いんだろう、自然と嘆息が漏れていた。 「む、妾の美貌に目が眩んだか。見る目が貧困だと妾のような美姫を前に声も出ぬわけじゃな。おーほほほ!」 「……誰もそんなこと、言ってないじゃないか」 「む、何か言うたかえ? 妾は寛容じゃから、発言を許可してやっても良いぞ?」 なんにも言う事ないよ――口に出かけたそれを、しかしフロルはぐっと強く飲み込んだ。 こんな子供相手に喧嘩を売るほど落ちぶれてはいない。 というより、相手にすればするほど向こうが喜ぶであろう事くらい理解出来る。 先ほどから見張りの兵士は扉前の階段から一歩も動かないし、階段下の騎士に至ってはこちらをきつく睨むだけ、 少女が一人で独房前に来たと思ったら止めにも入らずこの調子だ。付かず離れず見守るだけ、そんなに心配なら 部屋に連れ戻すなりすればいいのに……姫君の腰に下げられた鍵の束を一瞥し、フロルは再度嘆息した。 というより、嘆息は尽きる事がなかった。少女の目を盗んで周囲を見渡し、フロルは肩を竦める。 眼前、姫君は輪の国特有の豪奢な織物を纏い、騎士はサンダルウッド王国の法衣に簡素な篭手を腕に当て、兵士は 帝国調の甲冑で身を包み……って、どんだけアンバランスなの、いいとこ取りすればいいってもんじゃないでしょ。 よほど言ってやろうかとも思えたが、何せ室内も装飾から置物何から何までばらばらで、際限ないと思われた。 フロルの内心など汲む事もなく、姫君は先から延々と聞いてもいないお国自慢、自身への賛美、身分や立場の差、 資源の豊富さや家臣の有能ぶりを謳い、さも自分の手柄のようにえへん、と「ない」胸を張っている。 ああ、ともだちがいないんだなあ、とは容易に想像出来た。言わないでいるだけ自分は大人になったなあ、とも。 同時に、早く「ウリエル」迎えに来てくれないかなあ、とも思う。 脱出しようにも天使避けの結界が畳はおろか壁一面にびっしり描かれているので、不貞腐れるより他なかった。 身動き取れず、一回休み。ふと、嘗て「ウリエル」とその「弟」と遊んだボードゲームを思い出した。 世界地図を模した紙に、円や四角などの記号、記号毎に書かれた指示。ダイスを振るい、出た目の数だけコマを 進ませ、当たった指示によっては先に進めたり、逆戻りしたり、他者からアイテムを奪ったり…… 確かあのゲームは、ここ北方の島国・輪の国が発祥だった筈だ。「ウリエル」にそう教えて貰った記憶がある。 あれ面白かったなあ、くつくつ思い出し笑いしながら、フロルは眼前の姫君を見た。 彼女は誰かと時間を忘れるまで声を出して遊んだ覚えがあるだろうか。 (ない、かもね……っていうか。もーどーでもいいよー興味ないしー早くここから出ーたーいーしー) 脳内で炸裂させる本音。 異国の姫君だの世界情勢だの、フロルにとっては何ら重要ではなかった。 天上の神の園、名だたる天使の中に於いても高位の地位にある彼女だが、その本質とは大変に身勝手で自分本位、 彼女が興味関心を示すものといえば、最愛の想い人にして友人である「ウリエル」の存在のみ。 最も、彼女もまるで非情なわけではない。天使としてはイレギュラーな気質だが、慈悲や慈愛の心も持っている。 「ウリエル」が慈しむもの、大切にする存在――例えば友人家族など――は、フロルも漏れなく愛していた。 彼女の世界は「ウリエル」を中心に回っており、他、幾つかの優先順位を以って彼女は行動指針を決定付ける。 従って、現状……狭い部屋に軟禁されるというこの非常時に於いても、彼女はある意味冷静だった。 窮屈で退屈だったが、「ウリエル」やその周囲の者達に害が成されたわけではない。焦る必要などなかった。 むしろ、白馬に跨がる王子よろしく颯爽と「ウリエル」が救出に来る光景を想像し、うきうきと心を躍らせる。 彼の性格上、白タイツに赤マントなど着はしないだろうが、健気に自分の名を連呼する様というのはなかなか…… 如何せん、自分は「ウリエル」が好き過ぎる。うっかり萌えてしまった。この状況も案外悪くないかもしれない。 「……お主、妾の話を聞いておるのかえ」 「え? あっ、ごめんごめん。なんだっけ?」 だらしなくにやにや笑う彼女に気付いたか、姫君様は瞬きを繰り返した後、顔を真っ赤に染め頬を膨らませた。 自分という偉大なる(?)存在を前に、眼前の狼藉者――単なる観光地巡りをしていただけの天使――は、まるで 尊敬や畏怖といった畏敬の念を示さない。こんな事は王位継承権を得て以来、初めてだった。 ちらりと視線を動かせば、目線が重なっただけで騎士も兵士もぴしっと姿勢を正し、力強く頷き返してくる。 ほらどうだ、やっぱり妾の方が天使とかいう物の怪より百倍エラいのじゃ! ……えへん、と再び「ない」胸を張った姫君を、我に返ったフロルはさも残念なものを見る目で見つめていた。 (あー、あれだ。なんかどっかで見た気がすると思ったら……この娘、『アスター』っぽいところがあるんだなー) 旅の道連れ、旅仲間にしてパーティーの一員の少女・アスター。 なかなかどうして手の焼ける娘だが、色の濃淡と分け目がない事を覗けば髪型も長さも瓜二つといえるほどだし、 妙に自信に溢れ、あらゆる場面でお姉さんぶるところといい、この姫君は幼かった頃の彼女によく似ている。 道理で冷たく出来ないわけだ……一緒にしないで欲しいですの! とムキになる声がすぐそこで聞こえた気がした。 「む! 何を笑っておる、物の怪め!」 「え? いやぁ……さて、なんででしょう? あーはーはーはーはー」 「ぬあーっ! 莫迦にして!! 妾を見くびると恐ろしい事になるぞ、それでも良いのかえ!?」 「あーはーはーはーはーうーふーふーふーふー」 とはいえ。ああ、けどそろそろ愛しの「ウリエル」の顔が見たい! 再び格子越しに喚き散らし始めた姫君を放置して、フロルはごろりと畳の上に寝転んだ。 輪の国らしい朱色の装飾を施した小窓からは、嫌みなくらい澄んだ青色が覗いている。どこかで鳶が鳴いていた。 欠伸をひとつ噛み殺して、いずれ訪れるであろう変容を待った。 |
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TOP UP:14/03/10-ReUP:17/09/15 |