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ある友人らとの談笑(楽園のおはなし1章SS)


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一年で一番、満月の美しい夜。
輪の国では団子をこしらえ、それをつまみに月を観賞する『お月見』という文化がある。
鳥羽藍夜の両親は輪の国出身で、二人が健在だった頃は、隣で牧場を経営するアルジル一家と毎年お月見をしていた。
最近でこそしなくなったものの、今日は数十年に一度と言われるほどの明月の夜だ。
藍夜は母のレシピ集を引っ張り出し、幼い頃に月見で食べた団子を作っていた。

「藍夜ぁー! 今日は満月だよ」
「ああ、ニゼル。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
「あ! それっておばさんがお月見の時に作ってくれてたお団子?」
「よく覚えているね」

夕食を済ませ落ち着いた頃、隣の幼馴染がいつも訪れる。
何をするわけでもなく、弟の暁橙を交え三人、程よい眠気が訪れるまで他愛ない会話をして過ごす。
いつもはお気に入りの椅子で読書をしている藍夜が、珍しく料理をしているのだ。
今日は長い夜を楽しめそうだ。ニゼルは内心で喜ぶ。
いつものようにまったり過ごすのも悪くはない。
次の日の仕事を考えて、早めに就寝もしなければいけない。
けれどたまには、幼い頃のように明日の事など気にせず、夜更かしで語り明かすのもいい。

「兄ィ、外に運んだよー!」
「暁橙。これも頼むよ、最後だからね」
「おっけー。あ、ニジーさん! もう外に準備できてるよ」

ニゼルは暁橙に小さく手を振ると、皿に乗った団子を受け取り、嬉しそうに裏口から外に出て行く彼を見送った。

「ニゼル、僕たちも行こうか」
「ほんと!? やったー、久しぶりのお月見!」

そう言うと、ニゼルも嬉しそうに暁橙に続いた。




三人肩を並べ空を見上げる。
少し小高いところにある、オフィキリナスとアルジル牧場。
街明かりに邪魔される事なく、光り輝く月と瞬く星達を堪能できる。
久しぶりに見る空の美しさに圧倒され、首が痛くなるのも忘れただただ夜空を仰いでいた。

「藍夜、暁橙。『月が綺麗だねぇ』……」
「んー、俺も思ったぁー……」

無意識だろう、ニゼルが呟く。
暁橙がそれに続き頷き、二人はまた夜空の世界へと意識を戻した。

『月が綺麗ですね』

輪の国の文豪が、外国語の勉強をしている弟子にある言葉の訳を質問されたときに教えた言葉。
ただの直訳で『あなたを愛しています』では詰まらない。そこは、『月が綺麗ですね』とでも訳しておけ、と。
執筆者である文豪の小洒落た訳だ。
輪の国では、その文豪の書物が流行りその言葉も広まっていた。
両親が輪の国出身でも、藍夜と暁橙は生まれも育ちも、ここホワイトセージだ。
輪の国の情報は、両親からと書物からしか得られない。
おそらくニゼルも暁橙もその文豪の事は知っていても、深くまで知りはしないだろう。
藍夜は読書好きだった。文豪の生い立ちなど詳しく知っている。
ゆえに、その言葉の意味と使いどころ、ニゼルがそれを意識して零した言葉でない事を十分理解している。
それでも応えずにはいられなかった。

「ああ、ニゼル、暁橙。とても『月が綺麗だ』」

いろんな愛がある。異性を想う愛情、友を想う友愛、家族を想う家族愛。
親愛なる友へ、最愛の弟へ、今だけは異性へ向けるだけの言葉でなくともいいのではないか。
藍夜は心の中でそう呟き、二人へ視線を向けていた。
それに気付いたのか、小腹が減ったのか、ニゼルも暁橙も藍夜へと視線を向ける。

「ねー! こんな綺麗な月、久しぶりに見た!」
「兄ィ、俺、お腹減っちゃったよ」

ニゼルは破顔し、暁橙は団子へと手を伸ばす。
そんな二人の様子に藍夜はため息混じりに、小さく微笑んだ。


月の綺麗な夜。
いつもの三人、いつものそれぞれ。
この先の未来がどうであれ、今がこんなにも美しく愛おしい。


願わくば、永遠には続かない今この時が、光り輝いているように……




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 UP:15/01/29