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ある男の独白(楽園のおはなし1章SS) TOP |
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(ヒトは誰一人として孤独には生きられないものなんだろうか。君はどう思う?) 軽く二度扉を叩かれ顔を上げた。開いているよと答えれば、まだ困惑の色を乗せた表情が覗き込んで来る。 背丈はそう高くない、目線の高さから推測するに、友人の腰ほどもないかもしれなかった。 詳しくは『視』てもいないし測ってもいないので知らないが。 「どうかしたのかい、琥珀」 「うぅん。なんでもなぁい……ただ、いっつも部屋で何してんのかなって」 名は琥珀。名の通り、双眸に収まる瞳が琥珀色の魔獣だ……今は幼い少女の姿をしている。 黒塗りの髪は肩ほどまであり、彼女が足を動かす度にさらさら揺れる。 毛繕いを含めた身嗜みを怠らないように、という雇用条件を、彼女は自分なりに守っているようだった。 着ている衣装は弟のお下がり、もしくは友人が見繕ってきたもので、大体は上下一貫の作業服。 見た目はせいぜい十歳に届くかどうか、といったところだから色気のあるものでない方が好ましいと言う。 (彼女のいないところで友人はもう少し服などに興味を示して欲しいと零していたが) 今日は朱のつなぎで……何でも着たまま「元の姿」に戻っても無詠唱魔法の働きで服を破かずに済むそうだ。 よく分からないが、少なくとも彼女に必要最低限の良識がある事に、僕は内心ほっとしている。 彼女がそうしてヒトに化ける術を持つ事を知ったのはごく最近で、拾った当初は予想だにしなかった。 鋭い爪と滑らかな曲線の嘴とは彼女の凶暴性を想像させるのに十分過ぎたし、力強い下肢は雌でありながら 太く逞しく、商品を狙ったこそ泥などを捕らえるのに重宝した。 稀に加減を間違え、足の骨の一本二本などうっかり折ってしまう事もあった。 その頃から僕は彼女を野蛮で粗雑な獣だと思っていたし、暗に伝わっていたか、 付き合いが長引いても彼女は僕のテリトリーに踏み入ろうとしない。 飼い主にして雇い主。彼女と僕との繋がりは酷く事務的で、絆や情といった温もりあるものとは無縁だ。 ニゼルや暁橙には特に懐いているが、彼女が彼らの目の前で僕に甘える事は滅多にない。 ……こどもも動物も苦手だ。 澄んだ大きな瞳に間近から見上げられると、心の奥底まで見透かされてしまうような気になる。 琥珀は特に好奇心が強い気質で、分からない事や興味を覚えた事には正面から食ってかかる傾向があった。 友人の話によれば、知らない事があるのは気が済まない、という点に於いて彼女と僕は似ているらしい。 彼女との付き合いはニゼルとのそれより遙かに短い。言われるまでそんな風に考えた事もなかった。 正直、獣と一緒にするな、という想いもある。 とはいえ、友人は僕よりも(能力を使った上であろうとも)僕の周囲をよく見ている。 見ていると面白い、と常日頃から公言するほどだ。指摘内容もよく当たる。 ならば彼のいう僕と琥珀の似ているという箇所というのも、あながちそう外れていないのかもしれない。 「……や……あーいや」 「うん?」 思考中断。目線が琥珀の視線と重なった。 「どしたの、ぼうっとして」 「大した事ないさ、ただの考え事だよ」 「……ふぅん」 「なんだい、その顔は」 瞳はきらきらしているのに、表情は幼子のそれに似つかわしくない。意地悪くにやにやしていた。 「うぅん。あいやって、いっつも考え事してるんだなぁって。ひまじんなの?」 「……」 「あいやはどうぶつがにがてだから僕の事避けるんでしょ。ニジーが言ってた」 「……そんな事ないさ」 「あっるよー。いいの、僕へーき。僕からあいやに会いに来ればいい事だもん」 彼女は地位ある貴婦人らがそうするように――存在しない洋装の裾を持ちながら――僕に深々と礼をした。 誰に教わったのか、それはとても自然な動作で、表現のしようもない気品と威厳に満ちている。 思わず言葉を失い固まる僕に、彼女は頭を下げたままこう言った。 「あいやはまだ僕がこわいかもしれないけど、僕はここがすっごく好きだから」 「……」 「あいやの気が済むまで置いて貰えたら嬉しいよ。……挨拶がまだだったから、今ついでに済ませたよぅ」 言うや否や、彼女は踵を返し姿を消した。 僕が返事をするよりも早く、自己の希望だけははっきりと的確に示して。 「……勝手なものだね」 だからこどもも動物も苦手なんだ。増してや本人の目の前で失礼な物言いまでするから、なお質が悪い。 それを悪びれてさえいないのだから、彼女の神経の太さには感心さえ覚えるほどだ。 机上に放ったままの新聞を手に取り、目線を紙面に落とした。 一面にはホワイトセージ周辺の求人情報などが、雇用条件の悪化を報せる文章とともに載せられている。 次頁には頻発する空き巣や一部の発掘屋による金銭被害の考察があった。読むだけで不快感を覚える内容だ。 治安の良し悪しは一朝一夕では決まらない。とはいえこれまで僕らは街の経営に口出しする事はなかった。 今も、これから先も、彼らに関ろうとする事はないだろう。しかし…… 「ニゼルといい琥珀といい。全く、物好きなものだね」 ああまで言われたら普段の自分なら雷霆の一つも振り下ろすというのに、不思議と悪い気はしていない。 窓の外から彼女と、帰宅したと思わしき弟のはしゃぐ声が聞こえた。 もう数分ほどもしたら、おやつだなんだと騒ぎながらここに帰ってくるに違いない。 ……思っていた以上に、自分はあの魔獣の居住を快く受け入れているらしかった。意外な発見だ。 新聞を広げ直し再び記事を追う。多種多様な情報を飲む。 今日もオフィキリナスは嫌みなほどに平和だ。 (明確ではないが、得られる知識の大多数は他人の干渉を経て得られるものだ) (ならばヒトが孤独では生きられないという言葉もあながち嘘と言い切れない) (君はそれを識る為に其処に在るのかい? なら僕はそれを見守るだけの話さ) |
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TOP UP:13/10/15 |