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ある星の呟き(楽園のおはなし0章SS) TOP |
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(古の至宝) 一握りの土と双子の羊。それらから始まりのヒトは作り出された。 楽園と呼ばれる地があった。 年を通して大地は極彩色の花に覆われ、海には暖かな南風が吹き、湖畔では美しい小鳥が群を成し歌を囀り、 天空はいつでも青々と澄み切っている。稀に生まれる雲は真っ白な綿菓子のように柔らかそうで、隙間から 創造主たる神々が片肘を付きながら楽しげに、また時に退屈そうな面持ちで楽園の様子を覗く事もあった。 見られているという意識はあった。 それでも暮らしに何一つ不満はなかった。否、正確には不満など抱ける筈もなかった。 その楽園に住まうヒトは、知恵を持たなかった。 神との相違。常に裸体である事、寿命、老いがある事。そして獣同様、生命維持活動以外の知恵を持たぬ事。 神がヒトを創られたとき、彼等はヒトに知恵を与える事を禁じた。 楽園という名の箱庭に囲ったヒトが、いつの日か彼等の元を去る事を懸念した為だった。 彼等はヒトが、自分達の手を離れては生きていけないであろう事を知っていた……彼等には知恵があったから。 飼い慣らせれているとは露知らず、ヒトは楽園の暮らしを謳歌していた。 疑問を抱くという行為、思考さえ、知恵の一環として有していないのだから、これまた当然の話である。 楽園には苦痛はなかった。神々によって守られた環境だったから。 楽園には病がなかった。神々が少しでもヒトを長く生かそうとしていたから。 楽園には貧困もなかった。神々がヒトに貨幣や物欲の類を教える必要がないと判断したから。 楽園には神が許したあらゆる全てがあった。 ヒトは恩恵を享受しながら庇護され、生かされ続けるだけの生物の一つとして、その地に在る事を許された。 (ここで物語は一度路頭に迷う事となる) ある日、一人の女がこう言った。 「神が大切にしているあの樹は、なんという樹なのかしら?」 女が言う樹とは、楽園の中央に植えられた丸い果実を付ける二対の果樹の事だった。 神の命によって、決して触れてはならない、その実を口にしてはならない、そう厳しく言い付けられた果樹。 左の樹には黒の果実、右の樹には銀の果実を鈴生りに付ける、創世より生える林檎の樹…… 女はなおも続けた。 「ねえ、あの実、どんなアジがするのかしら?」 黄の髪に真紅の瞳。近くに立つ男に身を寄り掛け、魅惑の微笑みを浮かべる様は、さながら美の女神の如く。 「けれど、駄目だと言われているじゃあないか」 反論した金の髪に青の瞳の男。 ただし彼は、早くも抗い難い誘惑と好奇心に誘われるまま、始まりの一歩を踏み出そうとしていた。 「そんなに言うなら、貴女が食べてみればいい」 「あら、怖いの? うふっ、イクジナシなのね」 男を制止するべく腕を伸ばす、もう一人の女。金髪に栗色の瞳。素朴という形容が似合う地味な女であった。 先の赤い目の女が嘲笑う。一瞬怯んだように身を竦めた金髪の女だが。 「……どうしてもと言うなら、わたしが食べるわ」 誰が止めるよりも早く歩き出し、樹の根元まで一直線。残りの男二人が止める間もなかった。 黒の林檎の樹の周りには、黄金の炎が渦巻いていた。時折赤や青の火花を上げ、近付く女を威嚇する。 まるで剣だ。踏み込めばそれだけで全身が焼け、或いは消し炭さえ残らないであろう事が容易に想像出来る。 女は踏み留まった。唾を飲み、畏れを成し元来た道を引き返そうとする。 ……だが女は見てしまった。 傍らの銀の林檎の樹。そこには炎の警告はおろか、見張りとなる天使の姿さえないという事実を。 (あの実……ほんとうに、オイシソウ……) あとは殆んど無意識だった。背を伸ばさずとも届く範囲にあった銀の果実。手を伸ばしその熟れた実をもぐ。 嗚呼、誰が止める事が出来ただろうか。 彼女が鬼に似た形相で、無我夢中で林檎を貪り食らうのを。 好奇心に負けた金髪の男が容易く神への誓いを忘れるのを。 兄が育てた小麦を投げ、弟が羊を蹴り飛ばし駆け寄るのを。 あの赤い目の女がただ一人きり、空を見上げ哄笑するのを。 神よ、ヒトは知恵を得た。 主よ、ヒトはラジエルの実に手を染めた。 アナタを裏切り、悪意と困難、苦痛と病、貧困と暴虐渦巻く、大罪……楽園の外の世界を望まれた。 誰がそう決めたのか。 そのように導いたか。 誰も知りようがない。 其を知る者はもう……その時にはどこにもいなかったのだから。 神はヒトの反逆に怒り、嘆き悲しみ、遂には実を口にした罰としてその庇護の権限全てを奪った。 ヒトはこれに反論したが、そう逆らおうとする精神こそ知恵を得た証だとしてこれを却下された。 斯くしてヒトは人間として、あらゆる災厄を抱えながら世に解き放たれる運びとなったのである。 「幾重にも編まれる夜の、金の、空の、真紅の、白亜の布……其れを『運命』と呼ぶと何人が気付けたかしら。 神でさえ其れに抗う事は出来ない。そんな傲慢が、強欲が、怠惰さ加減が、果たして真実赦されるとでも? そんな事あるわけないじゃない! うふっ、何も従う事はないわ。全ての事象は不確定にしてフセイジツ。 その理論を証明する為にあたしが居るのよ……倫理なんて論理なんてクソ食らえ。もっと性を楽しまなきゃ。 あ、間違えたわ、生よ生! うふっ、『これは楽園のおはなし』。何度でも繰り返される大罪の物語……」 (誰が書の頁を開いた罪に問われたのか) (誰が為に隠された言葉は読まれたのか) (なおも糸は鎮魂の音で編まれるばかり) 「誰が悪い、誰が善人である、とも違いますの。誰しも表裏があり、それを別物と決定するのは困難ですの」 「……倫理と論理に基づけば可能と、わたしは思う」 「そうだよ、僕等はそう『創られた』んだ。本当に君って可哀想だね」 「アスターは可哀想でもいいですの。あの楽園で……皆が笑ってくれるなら、この身など幾らでも捧げますの。 ニジママさまと約束しましたの。そう言ってくれましたの。どれだけ苦難があろうとも……生きていけますの」 君よ、幸福たれ。 幾重にも巻かれた数多の悪意、困難、苦痛と病、貧困と暴虐が待っていようとも。 アナタはそれでもなお、銀光を受けて光り輝く。 苦しみと悲しみ、怒りと微笑みとは、全て裏表なくアナタの手の中に。 幸せを噛み締め、其の地を進め…… |
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