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何れ誰そ彼に散りぬるを(楽園のおはなし3章SS)


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それは、小さい頃に聞いたようなお伽話の風景そのものだった。

知と戦の女神アテナを信仰する、学問と武術、王族・貴族から庶民、果ては人型を取れる魔力の高い他種族が通うとされる学園。
人の姿しか見かけないことから、他種族の存在は学園の七不思議のような噂話程度の認識だ。
学園の敷地は膨大で、そこが街だと説明されれば勘違いされるほど。
敷地内に何ヶ所かある生徒たちの憩いの場の一つで、マリアはその光景を目の当たりにした。
豪華な造りの噴水を背景に、天使のような見目麗しい男女が仲睦まじくしている。
マリアは神に使える聖職者の家の娘、親姉弟はみな聖職に就いている。
彼女自身もそうなるべく、この学園で教養を受けていた。
小さなころから本を読むのが好きな彼女は、家にある本から教会にある書物ととにかく目に付く本は読んでいた。
そのなかで特にお気に入りなのが、教会で見つけたお伽話の本。
「醜女が悪魔の力を借りて、意中の王子と結婚する悲劇の物語」
幸せだった醜女の最後は、天国から地獄に落とされる。
悪魔との契約期間が終わると、王子は我に返り、現実を受け入れられず狂い死んでいく。
醜女は契約通り、悪魔に食い殺された。
幼子らに読み聞かせる童話のひとつ。
どれだけ外見が醜くとも、悪魔に魂を売ったら幸せになんてなれないと、教えるもの。
それでも、マリアはその内容に惹かれて止まない。
姉と違い、男を魅了できるほどの肉付きではなく、身長は高く目が細めで鋭い。
弟に似て美形ではあるはずが、それも男だったらの話。
「女」としては魅力に欠けている。
美人で女の魅力に溢れる姉、凛々しく聡明でまさに聖職者になるべくして生まれた弟。
マリアはそんな二人の間で酷く歪んでいた。
授業の間、一息つこうと訪れた噴水広場でその光景を目の当たりにした。
男は夜色の長い髪を一つに纏め、女の空色の髪には銀細工の飾りが上品に輝いている。
お互いを想い合い、大切にしあっているのが一目でわかる。
男の手には星に関する本が開かれ、隣の彼女に何かしら話しているのだろう。
それに耳を傾け、女は幸せそうに微笑んでいた。

「ああ。私の物語が始まるわ」

マリアはそう思った。
その男こそ、物語に出てくる王子そのもの。
先日、その場所で物語の様に、落としたハンカチを拾ってもらったのだ。

『君、ハンカチを落としていたよ』
『え、あ、ありがとう……』
『気を付けたまえよ』

たったそれだけの会話だったが、マリアが惹かれるには十分だった。
その2人は、この春に転入してきたという貴族らしかった。
中等部に編入してきた親戚の子2人と、その4人はとにかく学園の注目の的。
4人が4人、それぞれに容姿端麗で、それだけではなく誰をも引き付ける魅力。
天使様が身分をかくしているとか、神様の子供だとか、とにかく噂は絶えない。
無謀にも、夜色の髪に思いを告げる者もいたが、あえなく玉砕している。
物語そのもの。
みんなに羨望される二人。
誰も割って入れないほどの睦まじさ。

「ほら、そのものじゃない」

マリアは歓喜する。
きっと神様がこの本を下さったのだ、醜女のようにお前は失敗するな、と。
そこからのマリアの行動は早かった。
まるで、物語をなぞるように、禁じられた書庫にたどり着くまで時間はかからなかった。
きっとこの学園にも、悪魔を呼び出せる書物があるはず。
目論見通り、"それ"は存在していた。
禍々しいほど、吸い込まれて消えてしまいそうなほど、真っ黒な背表紙の本。
畏怖とともに湧き上がる興味。
迷わず手に取り、迷わず"その"ページを開いていた。

「あらぁ、ずいぶん凛々しいハニーちゃんねぇ。意中の相手でもいるのかしらぁ?」
「知っているのでしょう! 悪魔は人の心を読めると聞いているわ」
「あらぁ、じゃあ、あたしが何をするのか、分かっているのねぇ。じゃあ、代償のことも知ってるわよねぇ?」
「もちろんだわ。彼を…"鳥羽藍夜"を、私に振り向かせて!」
「うふふっ、代償の"支払い"の事も……知ってるわよねぇ? 凛々しいハニーちゃん?」
「え、ええ!」

そこからのマリアの記憶は朧気で、家柄のせいか己の魅力のなさのせいか、この齢になるまで知ることのなかった女の喜びを知った。
朝、何時もより早起きをして、あの噴水のある広場に向かう。

「…今日から……展開が変わるのよ。見ていなさいよ"フロル"、今度は貴女が打ちひしがれるのだわ!」

昼間とは違い、静かな噴水広場。
貴族達が早起きをするなど滅多になく、朝早くともなれば、静かで朝日が清々しい。
予想通り、彼がいた。相変わらず二人一緒だ。
物語と少し違うのは、二人がマリアに背を向けていたこと。
物語では王子が醜女を見つけていたはず。
まあ、いいわ。マリアはそう呟くと、夜色の髪の男に声を掛ける。

「あ、あの。 おはよう」

男だけでなく、女も一緒に振り向いた。
朝日を受けた、幸せそうな二人の笑顔が眩しい。
しかしそれも時間の問題。
もうじき、女の顔が絶望に歪むはず。

「おや、おはよう。朝早くに人なんて珍しいね? "君"も散歩かい?」
「おはよー。早朝の散歩なんて、藍夜以外にも物好きな人いるんだねぇ」
「おや、フロル。それは僕が年寄り臭いとでも?」
「えぇ!? お…わたし今そんな事言った!?」

おかしい。
何故、二人はいつも通りなのか。
自分は悪魔と、確かに契約したはず。
身体の気怠さが、契約の証だとばかりに生々しく残っている。
おかしい。

「僕は、ケチでチビで年寄り臭いから致し方ないと?」
「ケチと年寄り臭いは別問題で、チビとかいつの話!?」
「ほほう、フロル?」
「わあ!! ほ、ほら! 授業の準備!! 遅れるよ、急ごう!!」

女は慌てて男の背中を押し、話を逸らそうと急がせる。

「まったく話は終わっていないと言うものだよ、フロル」
「ほらほら、後で、ね!」
「まったく……君も、朝が気持ちいいからと、遅刻しないよう気を付けたまえよ」

ハンカチを拾ってもらった時と同じ笑顔で男がそう言うと、再び背を向けて二人は寮の方へと行ってしまった。
おかしい。
疑問と怒り、鼓動は早く、眉間に皺を寄せマリアは足早に書庫に向かう。
悪魔は先にいて、姿を現していた。

「あらぁ、こんなに早起きで、身体はだいじょうぶかしらぁ?」
「話と違うわ!! これはどういうこと!?」
「何をそんなに怒っているのかしらぁ? あ! それでぇ、彼には振り向いてもらえたのかしらぁ?」

楽しそうに手を合わせ、小首を傾げる。

「だから! 契約したじゃない!!」
「そうよぅ? 契約したわねぇ、だから。」

怒りで興奮するマリアをしり目に、悪魔は楽しそうに笑っている。
妖艶な笑みを顔に張り付け、「だ か ら」、語尾を強め、再度マリアに問う。

「彼、"振り向いて"くれたでしょう?」

悪魔は微笑み続ける。
マリアははったとした。言葉尻を取られたのだ。
あれだけ、両親や周りの聖職者、果ては学園の教師にも口酸っぱく言われたはず。
悪魔は言葉を巧みに使う、本人にその気がなくとも言質を取られ契約させられるし、本人の望む事とは違う解釈をすると。
そうして、契約数を稼ぐのだと。
マリアは自分の失態に、忌々しく唇を噛む。

「じゃあ、あたしは次に行こうかしらぁ。これでも忙しいのよぅ?」

満足と言いたげに、悪魔は真っ黒な本が納められた棚に向かう。

「待ちなさいよ。いいわ、もう一度契約するわ。彼の好意を私に向けて!」

あらぁと悪魔は恍惚に微笑み、再び契約は交わされる。






男は軽くため息を吐く。
先ほどまで、マリアに星に関しての質問を受けていた。
彼女は聖職について専攻していて、男の専攻する天文とは違ったはず。
もちろん、星の動きを読み解く聖職者もいるにはいる。
だからまったく無関係ではないのだが、マリアの目指す物に星はなかった。

「またあの子? 最近よくくるねー?」
「ああ、フロル。僕ではなく、教師に聞いた方がいいとは言っているのだがね」
「はは、藍夜の方が教え方が上手いんじゃない?」

女は軽く笑い、しかし男の神妙な表情に気づく。

「どうかした?」
「いやね、すこしばかり気掛かりでね……」

男の顔を覗き込む女の表情が少し強張る。

「どう言えばいいのか……来るたびにやつれているというか」
「あの子、もともとスレンダーだったもんね」
「何も、なければよいのだが……」

マリアは物陰からその様子を見ていた。
会話こそ聞こえなかったものの、強張る女の顔を見て少し希望が見えた気がした。
これまで何度も契約を交わし、その度に微妙な言葉尻を取られ、なかなか望む結果に至らなかった。
それが今、ようやくマリアの見たかった女の表情を垣間見る。
本当に見たい表情はもうすぐだ。

「ふふ、やっと別れ話を始めたのね。長かったわ…そうこれから、これからよ!」

ふらつく身体を壁に寄せながら、もつれ思い通りにならぬ足を引き摺り、書庫に向かう。
風通しの良い小さな庭園に掛かった渡り廊下を過ぎれば、図書室の入り口が見えてくる。
その中央辺りに悪魔がいた。
学園の制服を着ている。
男の隣にいる女と同じ制服。
女と違い、洒落た感じに着崩しいる。

「ああ、ちょうどよかった、これから」
「あたし、そろそろ行かなくちゃいけないのよねぇ」
「え」

マリアには何を言っているのか理解できなかった。
世の中に悪魔なんて山ほどいるだろう。
その中の一人の小悪魔が、どこに行こうというのか。

「ダメよ、やっと彼の心が動き出したのよ! さあ、次の契約よ!」

へたり込みそうな身体に鞭を打ち、マリアは悪魔に詰め寄る。

「ふ、あはははははははは。だめよぅ、もう、終わりなのよぉ、凛々しいハニーちゃん」

心底楽しそうに、悪魔は笑いだす。
なぜ駄目なのか、何が終わりなのか、目の前の悪魔にいいように餌にされたマリアの思考は追いつかない。

「あのね。ちょっとした、暇つぶしだったのよぅ」

頼んでもいない悪魔が楽しそうに、それはそれは楽しそうに喋り出す。

「もうすぐあたしのダーリンが来るのよぅ、そうなったらますます忙しくなっちゃうから、この子達にご飯を、ね?」

悪魔の足元の影がざわつく。
以前は呼ばれずとも、出てきていたものが今はざわつく程度で、それは、もう腹がいっぱいだと訴えているようにも見えた。

「何がダメなのよ……この物語では、ちゃんと子供も…っ」

マリアの手の中にお伽話の本が握られていた。
それに気づいた悪魔が顔を輝かせる。

「あらぁ!! それ、その子ってばお話になっちゃったのねぇ」
「え……」
「だからぁ、その本の子。いぃっぱいご飯もくれたし、ちゃぁんと役に立ってくれた子なのよぉ」

悪魔の綺麗な顔が嬉しさで高揚している。

「最期の支払いは、恐怖に慄く中この子達に喰われる事だったんだけど、そこだけちょっとした邪魔が入っちゃったのよねぇ」

マリアの膝は、冷たい地に付いてた。
なんとか身体を奮い立たせていたものが、抜けていってしまった。
悪魔に、甘い夢を見せられたのだ。
女としての喜び、契約の最中、意中の相手との未来を思い描き、それは永遠に続くのだと、物語の様には失敗しないのだと。

「でも、ダメなのよ。あたし、彼女を傷つけたくないの。それに、彼女が悲しい気分になるとダーリンがちょっと暴走しちゃうの」

悪魔の言う彼女とは、空色の髪の女だろう。
次の標的だろうか。
それにしては、悪魔的な厭らしさを感じない。
きっとそれは、マリアの知り及べない別の次元の話なのだろう。
やつれ細り、渇き始めた身体から、涙は出てこない。
ただただ愕然と目を見開く。

「ああ、いい感情だわぁ」

悪魔の細く甘そうな指が、マリアの頬を優しく包む。

「ねぇ、これからどうするのぅ? 悪魔と契約した穢れた身体では聖職者は無理よねぇ? ご両親も、なんて言うかしらぁ」

行動は甘く優しいのに、掛ける言葉は酷く残酷で、マリアの弱った身体に追い打ちを掛けるように、心を抉る。

「あらぁ、素敵な悪意ね、誰に対する悪意かしら。身の程知らずの自分への悪意かしらぁ」

耳元で甘く囁かれ、現実を拒み、意識は切れた。


 おとうさま、おかあさま、おねえさま、ライリー、ごめんなさい。






そのあと、学園でマリアを見たものはいない。
もともと友人も少なく、彼女の存在は特に学園に影響を与えることはなかった。

「悪魔にさえ振り向いてもらえない女の悲劇。ふふ、悲しい物語がまた一つふえちゃったかしらぁ」
「リリス、楽しそうだね」

悪魔に、一人の青年が話しかけた。
何人も抗うことの出来ない、優しい微笑みで。

「あらぁ、ダーリン!」
「ダーリン? 名前、呼んでくれないの?」
「うふふっ、二人きりの時にね」

庭園に声だけ残し、二人の姿は消えていた。




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 UP:19/04/11