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モンスターハンター クリノスのメモ帳

 サブクエスト : 変顔とアキンドングリ、時々リオレウス


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ベルナ村は今日も平和だ。
高原特有の涼風、豊かな緑の草原、行き交うハンターや研究員たち……これは置いておいて、視線の先には看板娘ならぬ看板雲羊鹿ののどかな歩み。
青い空、白い雲、咲き誇る高原野草に星見の花。村人たちの会話もムーファの鳴き声も心地いい音階と音量で、これ以上ないほど実に平和だ。
いつものネコ飯屋台でチーズフォンデュをご機嫌に頬張りながら、クリノスは両隣に馴染みの顔二つを置き、遅い朝食を堪能していた。

「なあ。これって朝飯扱いでいいのか、それとも昼飯か」

片や、黒髪黒瞳の後輩狩人。ブランチなるものをしたことがないのか、フォンデュ串を早々と空にして焼きサシミウオを特産ゼンマイ飯でかっ込んでいる。

「昼もとりたいなら好きにしろ。肥えても俺は知らんぞ」

片や、銀朱の髪と瞳をもつギルドナイト。定刻通りに食事をとる習慣がないのか、フォンデュ串は皿ごとこちらに押しつけ、手元の書類ばかり眺めている。

「んー! うんまーっ。やっぱり、女将さんの料理って美味しいねー」
「おや、アンタ。どんどん料理を出していくから、休んでいる暇はないのニャよ?」
「大丈夫! 夜中から狩りしっぱなしで、すっごくお腹空いてるから」

テーブル席の中央を陣取り、双剣使いはいつものように屋台の女将に感謝した。女将は女将でフライパンを素振りしながら終始ご機嫌である。
なんでも、料理のとき以外にも必要とあらば「腕を鳴らせる」意図であのフライパンを振るうこともあるとかないとか。詳しいことは知ったこっちゃない。
今日もネコ飯は美味しくて女将さんは可愛い。これが食事をとる際、先輩狩人が最も重要視していることなのだ。

「ユカ。お前なあ、メシのときくらい、少しは仕事やめらんないのか」
「どこぞの誰かさんどもの報告書の提出が遅れたからだろうが。阿呆」
「うぐぉ……お前なあ! 他人のことアホとかバカとか言う方がアホとかバカっていうんだぞ!?」
「飯時にガタガタ抜かすな。いいから座って大人しく飯を食え。阿呆」

……したがって、両隣がガタガタ阿呆を抜かしていたとしても知ったこっちゃない。知ったことではないったら、ないのだ。
もしゃもしゃとユカの分も含むフォンデュ串を頬張って、あらかじめ注文しておいた達人ビールに手をつける。
こちらは少し前にメニューに追加されたソコソコ名の知られた酒だ。一般庶民にとっては少々値が張る……かもしれないが、アルコール度数はそう高くない。
ぐびりと口をつけて、半分ほどを一気に喉に流し込む。真後ろでは、オトモ専用のミニサイズの椅子に腰掛けたオトモたちがイッキコールをやらかしていた。

「っくぁーっ! 生き返るぅーっ!!」
「おっ、いいなあ! よーし。女将さん、俺にも達人ビ……」
「こいつには水を頼む」
「なんでだよ!? おかしいだろ!!」

よく分からないが、カシワとユカの仲は出会った当初より多少はマシになった……ように思う。あくまで多少だが。
クリノスは目の前に運ばれてきたホロロースのデカデカ唐揚げに箸を伸ばした。

「ねえ、ユカペッコ。そろそろキークエストの季節だと思うんだけどー」
「ほお、珍しくやる気だな」
「おい、俺の訴えは無視か。無視なのか」
「強化したい武器にストッパーが掛かり始めてるからねー。生産素材のこともあるし、ぼちぼち次に進めないと」

ねえーカシワー、とわざとらしく話を振れば、後輩狩人はゲホンゴホンと実にわざとらしい咳き込み。
彼はいつかの恐暴竜の乱入ですっかり上位ランクにビビってしまったのだ。ワロスワロス。いや、この場合ワロエナイだろうか。先輩狩人は小さく首を傾ぐ。

「心配いらん、近いうち依頼書が出るだろう。龍歴院からじきじきに指名が上がっているからな」
「うえっ、ま、またかよ……」
「そりゃ、ギルドなり龍歴院なりのお墨付きがないと受けさせてもらえないやつだしね。認定試験みたいなものだから仕方ないよ」
「そう、その認定試験だが。クリノス、カシワ。お前たちは『変顔』というやつを知っているか」

カシワが水を噴き出した。無理もない。奴の唐揚げが水浸しになったが仕方のないことだ。南無三。合掌。
さておき、ハンター二人組はジョッキ片手にアンニュイな表情で俯くギルドナイトをまじまじと見つめた。
銀朱の髪が、並々と注がれた黄金の泡つきの酒の表層にちらちらと陰影を作っている……いやいやいや、どういうこと? クリノスは眉間に力を籠めた。

「「なんて?」」
「何故、同時に喋る」
「いやそりゃ言うでしょ」
「変顔って……ギルドの認定試験と変顔に、どんな関係があるんだよ?」
「ハンターズギルドからの要請には、何ごとに対しても全力で応えることを勧めるが」

ちらと盗み見してみると、ユカもカシワも双方「何言ってんだこいつ」「わけが分からない」という顔をしている。
……もしかしたら、今の質問には何か別の意図か意味があるのかもしれない。先輩狩人は後輩狩人を宥めながら、ユカに事情を話すよう促した。

「で? その変顔っていうのは誰の依頼?」
「俺が見たかっただけだが」
は?
「く、クリノス、ここは抑えろ! なあ、ユカ。もし誰かに頼まれたんだったら……」
「俺が見たいだけだ。それ以外に何がある」

何度も言わせるな、とばかりに騎士は運ばれてきたリュウノテールステーキに手をつける。こちらのことなどお構いなしだ。
この言動で勤まるというのだから、ギルドナイトという仕事は存外気楽なものなのかもしれない……。
ユカの態度に、これは自分たちがおかしいのだろうか、それともこの騎士がガタガタ阿呆を抜かしているだけなのだろうか、とハンター二人は考え込んだ。
行き場のない手をふよふよと空中で彷徨わせ、クリノスとカシワはひとまず目の前のフルベビ串フライを手に取った。

「アチアチ。美味っ」
「うん、揚げたてっ」
「クリノス。やってみろ」
「んぐっ、なっ……や、やだよ! カシワにやらせたらいいでしょ!」

なんと、話は継続していた(!)。熱のこもった目で見つめられ、先輩狩人は咄嗟に隣の席に視線を送る。
振り向いた先では、すでに後輩狩人が鼻を自ら人差し指で押しつぶし、唇を尖らせ……本人なりの、精一杯の、懸命な変顔を整え終えていた。

「うっわ、可愛くなっ」
「面白くない。却下だ」
「なんでだよ! おかしいだろ!!」

ビールを噴き出しかけるクリノスの横で、ユカが舌打ちする音が聞こえた……そういうとこやぞ。

「おい、クリノス。お前の番だぞ」
「は? ヤダです」
「ほらユカ、俺でよかったら俺がやるから」
「お前は欠片も可愛くないからいらん」
「なんでだよ、おかしいだろ……」
「じゃあ、ボクが旦那さんの代わりにやってあげるのニャ! ユカさん、ボクを見るのニャ!!」

どうしたものかと悩む最中、ここで救世主――メシア現る。背後から轟竜の咆哮の如き威勢のよさで名乗り出たのは、黄色い毛並みのオトモアイルーだった。
ピシ、と片手を上げて宣誓するや否や、リンクは手で頬を押しつぶしムニッと……後輩狩人には悪いが、こちらには種族的アドバンテージというものがある。
無事クリーンヒットしたのか、ユカは何度も頷きながらすかさず腰のポーチをゴソゴソやり「報酬だ」とリンクに何かを握らせた。

「持っていけ。アキンドングリ、大アキンドングリ、豪アキンドングリだ」
「わー! ドングリニャいっぱいニャ! ありがとうニャ、ユカさん!!」
「……あいつ、今シレッと最高級ドングリ出したよな?」
「あー、はいはい。ギルドナイト様は気楽でいいよねー」

心なしか、羽根つき帽子の下で冷ややかな横顔がごく僅かに綻んでいるように見える。
奴はオトモに弱いのだ。あとリンクは可愛いのでこうなるのも無理からぬこと、致し方なし。クリノスは一人で何度も頷いた。

「さて、可愛い部門は終わったぞ。クリノス、お前の番だ」
「な、なに? まだ言ってんの?」
「おい、ユカ。いい加減諦めろよ。リンクはやってくれたんだし、もう……」
「は? オトモは可愛いだろうが」
「……」
「……」
「なんだ。文句でもあるのか」
「や、もういっかなー、って」
「ああ。俺もない、かな……」

三人揃って、一時休戦とばかりにオストガロア・ケーキ@サマーバージョンを食す。これは女将さんが気まぐれ闘魂飯とセットで出してくれる裏メニューだ。
以前のものよりリコッタチーズの割合を増やしてあり、口当たりがより軽やかで温暖期にぴったりの一品である。何より、甘くて美味しい。

「だいたい、なんでそんなにクリノスに変顔させたいんだよ? こいつ、やってくれるような性格してないだろ」
「カシワー? そう言うあんたは、ホイホイやってくれそうな顔してるもんねー?」
「なんだよっ? 俺は別に、おかしいことは……」

カラン、と氷結晶が冷涼な音を立てた。
見れば、新しく注文された体のレウスウイスキーを片手に銀朱の騎士はどこか遠くを見る目をしている。
不意に、雄火竜と同じ色がこちらを見た。眼差しに剣呑な弧が描かれている。

「好きな女の表情なら、どんなものでも見たくなるものだろう」

く、とグラスを空にしてユカは席を立つ。途中、その腕に白塗りの猛禽類が留まったのをハンター二人は見逃さない。
あの鳥は、奴が火急の報せを応酬する際に使う伝書鳥だ。長らく世話をしているそうだが、名前はおろか性別や普段どこで飼っているのかさえ聞けていない。
話はこれで終いだ、と赤塗りの背中が無言の圧を向けてくる。恐らく届けられた報せは常の救助要請ないし緊急クエストの類だろう。
カシワがアルフォートを促して素早く席を立ち、急ぎユカの元へと向かった。続けて席を立とうとして――

「好きな……おん……っは、はあぁああ〜っ!?」

――クリノスは、言葉にならない声を上げてその場で身悶える。
ごく最近の話ではあるが、何をどう開き直ったのか、あるいは何らかの切っ掛けでもあったのか、奴は「そういったこと」を隠さないようになってきた。
……気恥ずかしいったらない。何故、あんなに冷静な顔であんなことが言えるのか。どうして、自分のことを「そう」見るようになったのか。
当然、答えはユカのみが知ることである。気を取り直してのろのろと体勢を整え直し、女狩人は二人の狩り人の後ろに続いた。

「ほら、クリノス。お前は来ないのか」
「うっ、うるさい! バカペッコ!!」

エスコートでも気取っているのか、片腕に猛禽を乗せたままユカは空いた手を向けてくる。それがなんだか妙に癪で、クリノスはその手を叩き飛ばした。

「……ふ」
「着いてこないでっ!」
「おい、クリノスー? なんで怒ってるんだ、あいつ。ユカ、何かあったのか」
「いや? 何も。虫の居所でも悪いんじゃないか」

さながら懐きもしない野良猫のようだ。プリプリと怒りながら顔を逸らす女狩人の横顔を見ながら、銀朱の騎士は目元だけを綻ばせる。
懐かない、思い通りにいかないなら余計に落としがいがあるというものだ――不意に、獲物を狙う雄火竜かのようにぎしりと男の口角がつり上がった。

「うわっ、お前……」
「なんだ」
「いや、……な、なんでもない」

それに気づき、見てはいけないものを見てしまった気になったのがカシワである。狩りの相棒をつとめる女狩人に、彼はたちまち同情が湧いてしまった。
ぶるっと独り体を震わせる後輩狩人だが、先の二人は早くも届けられた文書に目を通し始めている。
予想した通り、中身は緊急クエストの依頼書となっていた。目配せし合い、頷き合って、クリノスとユカはカシワを放置してすぐに二手に分かれた。

「カシワ! 緊急クエスト、来たみたいだよ。ほら、さっさと準備する!」
「うえっ、噂をすればか!? くそっ、少しはノアに会いに行く時間、作れると思ったのにな……!」

火急のクエストとなれば悠長にも構えていられない。
後輩狩人はベルナ村の村長から贈られた隼刃の羽根飾りを耳に着け直し、防具もここ最近で一新したものと交換を急ぐ。
「最近いい感じの関係になってきたんだ」と自称する、とある村人の名を口にした黒髪をちらと盗み見て、クリノスは小さく嘆息した。
「彼女」とは自分も友人関係だ。あの二人が上手くいっているというなら何よりだと、なんとなくそう思う。

「――そうだ。クリノス、先の話だが」
「え? なんの話……」

リンクを呼ぼうとした瞬間、背後から何者かが女狩人に囁きかけた。振り向くより早く、

「帰ったらお前にも変顔をしてもらうぞ。どうしても無理だと言うなら……それとはまた、別の表情で代用するか」

微かに、酒気の匂いが嗅覚をくすぐった。低く掠れた声の主は、やはりというか、銀朱の騎士だ。
ぐっと強く腕を引かれ、視界が流される。わっと悲鳴を上げるより早く視線がかち合い、クリノスは目と鼻の先に好奇と悪戯心に塗れた銀朱の色を見出した。

「なっ、なにっ……」
「頼んだぞ」
「はあ!? わっ、わたしはまだ、何も……!」

「どこにも逃がさん」と宣言された……ような気がした。本物のリオレウスじゃあるまいし、そう言い返したくとも反発の言葉は喉奥から一向に出てこない。
はくはくと口を開け閉めしている間、ユカはチャイロを引き連れてさっさと行ってしまった。カシワが不思議そうな顔でこちらに視線を送ってくる。
クリノスは今度こそ心の中で絶叫した。「絶対そんなことさせてやんない」、「そもそも自分は黙って狩られるような草食種でもないし」と。

「なんだ、あいつ! なんなの、わたしはあんたのモノなんかじゃ……っ」

とはいえ、そうした叫びも当人に届かなければ反論の体を成さない。これでは言わせたい放題ではないか、クリノスは形の整った唇をきゅっと結んだ。
あのとき、見上げた先であの男は心底楽しげに凶悪な面で笑っていたのだ。一体、いつからそんな顔をするようになったのだろう。
言い返したくともうまい言葉が見つからない。それがまた酷くもどかしく、カシワと何事かを話す赤い洋装をただ睨むことしか出来なかった。

「〜〜ッ、ああっ、もう! ペッコのくせに……!!」

恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ――切り替えもかねてアイテムボックスに急ぎ駆け寄る。
甘さと苦みの混ざる酒気の残り香が、囁きかける低い声が、鼻に、耳に、その奥に……男の面影を、じっとりと残したまま消えずにいた。





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 UP:23/02/21