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モンスターハンター カシワの書 サブクエスト : 霞に千鳥、雨夜の月 TOP |
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もし、万物を気に掛ける度量があったなら。 もし、自在に力を振るえる腕があったなら。 もし、何物をも屈させる眼力があったなら。 ……もし、自分が非力なだけの小娘でなどなかったら。 誰かの隣で誰かを支えていられる、そんな頼れる味方になりえただろうか。 ぼんやりと山霧が漂う。早朝、身震いするほどの冷気が山間、尾根を這い、眠りについていた雲羊鹿のうち何頭かが寝ぼけ気味に互いに声を掛け合っていた。 いつものように彼ら彼女らの世話をしようとして自宅を出るも、あまりにも霧が深い。踏み出す足が躊躇して、思わずその場で立ち止まった。 こんな白くけぶる朝には、決まって来客がある。ノア=クラインは、その人物からの声掛けを密かに待った。 『やあ。相変わらず、ここは冷えるね』 「……おはよう御座います。よく、眠れましたか」 その人物は、こちらの前に姿を明確に見せるときもあれば、はたまた、霧の向こうから姿を見せぬまま話を振ってくるだけの日もあった。 とかく気まぐれなひとなのだと、そう思う。気分がいいと自称するときなどは、土産と称して質のいいタケノコや山菜をどっさり持ってくることさえあった。 逆に気分が悪いと言われたときは、親しいハンターから分けて貰った何らかの丸薬などを差し入れる。彼は、何故か薬を口にするとコロッと機嫌を直すのだ。 そういうものを好むのだと知れたのは、件のハンターからの助言によるものだった。以来、味比べ用に彼女とその周辺から何度も薬を譲り受けている。 そんな応酬を重ねるうちに、彼とは余計に親しくなった。彼が何故自分に良くしてくれるのか、その理由は未だに明らかにされていない。 それでも、彼と話をするとなんとなく胸がすくような心地になった。 初めて会ったときから何か月かが経過しているが、互いに互いの事情に深入りすることもなく、気持ちのいい距離感を保てていると思っている。 『ああ、ウン、とてもよく眠れたよ。君はどうだい。悪い夢をみたり、誰かに泣かされたりはしていなかったかい』 「子どもじゃないんですから。……大丈夫ですよ。皆さん、とても良くしてくださいます」 『そうかい、そうかい。それなら、よかった』 「毎回、それを聞いてくださいますよね。ありがとう御座います。あなた様の方はどうですか。……誰かに、泣かされたり、なんてことは」 『ええ? いいや、まさか! そんなことないよ。僕は、慕われているのだからね』 彼は、どこか遠い山の中で数多くある仲間たちを率いる立場にあるという。 忙しい身なのにここでカワズの油を売っていていいのか、尋ねてみると、これくらいなら黙っていたらバレやしないよ、と悪ぶった笑いが返された。 山霧の向こうで、彼が楽しげに口端をつり上げている様子が伝わってくる。つられて、思わずノアも噴き出していた。 『それで、その……どうなんだい。あの黒髪黒瞳のはんたーとは、その……上手くやれているのかな』 「カシワさんのことですか? 上手くもなにも、彼とはただのお知り合いですから」 『知り合い? 知り合いだって? そんなはずは。だって、君……』 「忙しいんです、カシワさんたち。この間だってイレギュラーな事態に巻き込まれて大変な目に遭ったって……今はもう、お仕事を再開されてますけど」 山霧は気まぐれだ。風や季節に寄り添うような体を見せながら、実際にはその日その日で出現の形を無限に変える。 今日は、この見知った来客の姿を覆い隠すように早朝からけぶっていた。姿の見えない彼の肉声も、どこか遠い高台から落とされているような気さえする。 『仕事に、イレギュラーねえ……「骸のやつ」のような、モンスターかい』 「いえ、そういうのではないそうなんですけど。あまり……詳しくは教えてもらえてなくて」 『なんだい、それ? 君のことをまるきり信用してないって、そういうことかな』 「そういうことでもないと思いますよ。カシワさんたちが忙しくしていたことは本当ですし、わたしだって無理はしてほしくないですから」 『無理、無理……ねえ。どこまでが本音なのだい? 君は、嘘をつくのがとても不得手だからね』 「またそんなこと言って! わたしがいつ、どんな嘘をついたって言うんですか」 霧が、より深くなったように見えた。ぼんやりと浮かび上がる巨影は、今度は笑いもせずに声を潜ませる。 『いいや? あまり手綱を緩めていると、どこで何をしでかすか分からないじゃあないか。つがいのいない雄なんて、そんなものだよ』 ノアははっとした。霧の向こうに、何者かと楽しげに笑いあう見知ったハンターの姿を見出したような気がしたからだ。 黒髪黒瞳、歴史を読み解く旅人が好んだとされた白地の上下に、灼熱の刃の断片。 彼の横に立つのは天色髪を柔らかく揺れす双剣使いで、今も互いをからかい合うように二人で笑みを交わしている。 彼ら彼女らは、互いの腕や気質をよく知る同士だ。隣を許し、背中を預け、今日も昨日も明日でさえ、ともに狩り場を駆けている。 ……ぎゅうっと胸が締めつけられる心地になった。息苦しさに任せるように衝動的に胸元で拳を握り、うつむき、一瞬その幻影から目を逸らす。 『……君は、その中に混ざりたいのかい』 恐ろしく冷たい、低い声が耳を打った。顔を上げた先で、霞の向こうの来客はいつもと変わらずその場でこちらの解を待っている。 「……いいえ。わたし、狩り場ではなんの役にも立たないですから」 考えない日はなかった。 もし、カシワのように周りを気に掛ける慈愛があったなら、自分はこんなに醜い嫉妬に身を焼かずにいられただろう。 もし、クリノスのように自在に双剣を振るえる腕前があったなら、彼の隣で彼の力になれる日もあったかもしれない。 もし、ユカのように何物にも文句を言わせない胆力があったなら、父や細工師、ペテン師にさえ負けなかったはずだ。 ……ないものねだりばかりだ、ノアは小さく息を吐く。彼らはハンターとして日々努力と研鑽を重ねているだけで、悪いことは何ひとつしていない。 自分が勝手に取り残されているような気になっているだけで、彼らはそんなことは欠片も知らずにいるだろう。卑屈で嫌になる、雲羊鹿飼いは二度嘆息した。 『……まあ、ヒトには向き不向きがあるからねえ。多少は仕方がないのじゃないかな』 「取り繕うの、不得手ですよね。あなた様は」 『おや、そうかい? そう見えてしまうものかな。自分では、上手くやれていると思っているのだけれどね』 数十秒ほど、たっぷりと間を開けた後、絞り出すような声で相手はこちらを気遣った。 その苦悩が目に浮かぶようで、ノアはつい笑ってしまう。どうして笑っているのだい、眼を丸くしたような声色で相手は僅かながら抗議した。 『はんたーはその道のぷろだからね。君は、君のぷろのしごとをあの子らに見せつけてやったらいい』 「ぷろ……プロですか」 『そうともプロさ。君、雲羊鹿の毛刈りや糸繰りなんて得意じゃないか。前から誰よりも織物や刺繍だって早くこなせたし。それだって、立派なぷろさ』 「プロ……そう、ですね。そうかもしれないですね……」 笑いかけてみると、霧の向こうで相手が肩を跳ね上げたか、首を大きく揺らしたかしたのが見えた。 どうも彼は、こちらのことはからかったり労ったりする割に、自分がそうされることには不慣れであるらしい。 なんとなく、「らしい」と思えて無意識に首肯していた。霞の向こうで、彼がどこかホッとしたようにそっと息を吐く気配が返された。 『そろそろ行かないと。友人がね、「しつこい」「くどい」なんて言うものだからさ』 「そんなこと仰らないでください。あなた様を心配されているんですよ」 『それは……ウン、分かっちゃいるのだけれどね。彼は、ずいぶんと前から僕に過保護だからさ。ちょっとばかりは、ね』 やれやれと言いたげな気配に笑みを返せば、いつかのようにうんと霧が濃く深くなる。これがその日の別れの合図であることを、自分たちはよく知っていた。 『じゃあね。僕の気が向いたらまた話をしにここを訪ねることにしようじゃないか。それまで元気にしているんだよ』 「ええ、お待ちしています」 なごり惜しさは常にあるが、今は互いに多忙の身だ。今日のようにほんの少し、その日の始まりの折に話をするくらいでちょうどいい。 ふと霧が取り払われ、高原の牧歌の村に朝日が差す。風にそよぐ黄金に濡れる草原を見渡して、雲羊鹿飼いは本日分の仕事をこなしに一歩を踏み出した。 『……なんの役にも立たない、か。そんなこと、ちいともないだろうに』 もし、自分に彼女を気に掛ける勇気があったなら。 もし、自分に自在に力を振るう機会があったなら。 もし、自分に黒髪黒瞳を制する度胸があったなら。 ……もし、自分があのとき、傍観など決め込まずに一歩だけでも事情に踏み込めていたのなら。 彼女があの男の隣で笑い、幸せなつがいとしての生涯を終えることができていた可能性もあっただろうか。 白くけぶる視界の端で、ひとりの龍は首を振る。 ないものねだりばかりだ。しかし、幸か不幸か、あるいは運命のいたずらか、皮肉か、奇跡の類か……夢にも思わなかった願いが叶ったこともあったのだ。 『もし本当に、あの黒髪黒瞳がそんなことを君に言いでもしたら。もしそんなことでも起きようものなら、すぐにでも僕らの郷に隠してしまえるのにねえ』 後生か、徳か。皮肉るように龍は嗤う。 のそりとその巨影が山間を発った後、そこには誰の姿も残されていなかった。 |
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TOP UP:23/05/22 |