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モンスターハンター カシワの書

 サブクエスト : 汗滴りて竜を喚ぶ


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どんな料理でも、下ごしらえはとても大事な作業になる。
味が染みこみやすいよう具材を切り、煮込んでは毎回アクを取り、しっかりダシをとる。ここで手を抜くと雑味が出るのでダメだ。自分でも妥協はできない。
大鍋を火にかけて、時間をかけて丁寧に仕上げまで面倒を見る。鍋の中身や、できあがった料理はまるで自分の子どもだ。
名の知れた芸術家や細工師なんかもきっとおんなじ気持ちだろう――ゴトリと汁物を満たした器をテーブルに置いて、男は犬歯も剥き出しにニカリと笑った。

「お待たせしやした! 自慢の麺物でさぁ。ささ、冷めねぇうちにお上がりんなってくだせぇ!」

商いと狩猟の大型都市、ドンドルマ。多くの商人やハンターが行き交うこの街の一角に、男が切り盛りするその店は存在している。






「――おい、新人! さっさとこっちの皮剥きも終わらせんか!!」
「へ、へい! しょ、少々、お待ちくだせぇ……」

十数年ほど前の時分。当時のドンドルマには今と変わらず、様々な技術や知識、情報が多く駆け巡っていた。
無論、モンスターの素材や繁殖規模といった生態情報、狩猟場にしか存在しない天然物の資材なども貴重な取引物資とされている。
モンスターの素材……武具の材料、建築資材となるだけではなく、それらの中には希少性の高い、滅多に世に出回ることのない漢方、珍味の類も含まれた。
ドンドルマには様々な飲食店が建ち並ぶが、特に高級志向の強い店においては、それらモンスター産の「食材」は大変重宝されていた。

「……どうです、先輩? あの新人、俺はモンスターと人間の間(あい)の子だと思うんですけど」
「よせ、聞かれるだろう……どうかな、俺は実は人間に化けたモンスターなんじゃないかって思ってる」
「ハハッ、先輩の方がひでーや! あの顔と体でよく今まで生きてこれましたよね。俺なら恥ずかしくて、死んだ方がマシだもん!」

……東の、山間部や農業地帯にたまに現れるという巨大な青い体毛の牙獣種。
その大きく厳つい掌は、煮込めば金持ちが喜ぶ珍味に、乾燥させればよく効く薬になるという。眉唾モンだぜ、と少年はオニオニオンを剥きながら嘆息した。
ドンドルマは富裕層の一角、とある高級料理店。看板に書かれた文字は読めなかったし、教えてもらったハズの店名はすでに忘れてしまった。
いつの日か……路頭に迷っていた自分を、なんの気まぐれか店のオーナーが拾ってくれて以降、見習いとしてここで下処理などの業務を任せてもらっている。

「おい、『グレゴリー』! それが終わったら床掃除もやっとけよ。ピカピカにするまで帰るんじゃねーぞ」
「ひえ! へ、へぇ、分かりやした」
「ちゃーんと全部、後片付けもやっとけよー! あと、明日の仕込みもな。うちはお前みたいな奴がいていい場所じゃないんだからな、しっかり働けよ!」
「へぇ、スンマセン。……お疲れさんっした」

少年は、名をグレゴリーといった。生まれた場所や親の顔、家族がいたかどうかもよく覚えていない。
気がついたときには一人ぼっちだった。唯一覚えていることといったら、暗く、狭い木箱に押し込められていた記憶だ。
あれはつらく、しんどかった。ここに来る前の長い空腹の期間も耐えがたかったが、いつからか自分は、ひどく背が丸まった姿形になってしまっていた。
ハンターズナントカだかナントカ商会だかによる無料検診によれば、幼少期にそうしたギャクタイが続けられたせいで骨に異常を来したということらしい。

(そうは言いやすけどね、今はこうして、飯にもありつけてるワケですし)

客が残した料理や、先輩方の試作品、料理長やオーナーが内緒で出してくれた賄い。
あたりが真っ暗になった頃、一人で閉店作業や片付けをこなしながら、少年は大事にとっておいたそれらをひっそりと堪能する。
濃い味付けの麺類に香辛料をきかせた肉、脂塗れの卵焼きや、トロトロになるまで煮込まれた謎の魚料理。
どれもこれも面白おかしいものばかりだったが、少年グレゴリーは好き嫌いなくなんでも口にしてはその味や加工方法を独自に学んだ。
なにより、タダで食事にありつけることの有難みといったら! ときにはあまりの美味しさに、目からなんらかの汁が溢れ出すことさえあった。

「……別に、悪口を言われたってアッシはちっとも平気なんす。身分が合ってねぇのは本当のことですし。でも、ここから追い出されるのは困りやすね……」

店に引き取られる前は、貧民層で雑用をこなしてなんとか生活を繋いできた。
これまで生きてこられたのは、ひとえに小さくなって過ごすことでお偉いさん方から気に掛けてもらえたり、見逃してもらえたりしてきたからだ。
料理人見習いとして過ごす日々は、あの頃に比べたらよっぽど人間としての扱いを受けている。グレゴリーは、屑野菜を鍋にかけながらそんなことを考えた。

「――おい、グレゴリー。お前、このソースの味見をしてみろ」

ある、暑い日のことだった。その日、店は涼を求めた客で溢れかえっていた。
料理を作っても作っても間に合わない。誰もが荒んだ顔になり、グレゴリーは異常な忙しさに目を回しつつ、周囲の空気に萎縮するばかりでいた。
そんな多忙の真っ只中、何故か部門長に呼び出された。挙動不審に陥る見習いに、店のトップに近しい地位にある初老の男は小さな鍋と皿を押しつける。
何を言われたのか、何が成されようとしているのか……親なし、見習いとしてしか生きてこられなかったグレゴリーに知る術はなかった。
言われるがままに味見をした。指示を飛ばされ、わけも分からないまま調理台に立ち、教えられた通りに作業を続けた。

「……これは……確かに、予想以上だな」

少年が作った「ソース」を舌に滑らせた部門長は、同じく焼き物や揚げ物担当といったお偉い立場の先輩方と密かに頷き合った。
何が起きているのか分からず、三角巾を握り締めたまま、グレゴリーは不意に彼らに肩を叩かれ硬直する。

「お前、閉店した後、あまった材料でこっそり勝手に料理を作ってるらしいな」
「そんなことしていいと思ってるのか。見習いの分際で」
「あーあ。それだって店の資源なのに、要は窃盗じゃん? オーナーやシェフに知られたらなんて言われるんだろ!」

震撼した。このままでは、元の雑用暮らしに戻される。
怯える少年に、彼にソース――料理における味の決め手となる最も大切な要素――を作らせたコックたちは、こう囁いた。

「今日から、忙しいときはお前にも料理作りを代行させてやる。お前は勉強できるし、俺たちは楽ができる。悪くないアイデアだろう?」
「……! で、でもっ、アッシにはそんな権限……」
「いいのか、店の材料と調理場を勝手に使ってるってバラされても。それが嫌なら、俺たちの命令には絶対服従だ」

……貧民層での暮らしと、その命令とに、どんな違いがあるだろう。しかし、グレゴリーには頷く以外の道は残されてなかった。
その日から、見習いとして、あるいはゴーストライターならぬゴーストコックとしての毎日が始まった。
意外にも、グレゴリーが作るソースは評判が良かった。また、客たちにも調理担当に変動があったことを気取られるようなことはなく、店は大変に繁盛した。

「……案外、やろうと思えばやれるもんなんすね」

やはり余り物の料理を腕に抱えて、グレゴリーはその日も疲労困憊のふらついた体で帰途につく。
帰途といっても、向かうのは店よりだいぶん離れたところにある、家賃があってないような安物の貸家の一室だ。
とてもじゃないが、自分の給料では店に近い場所に家など借りられない。なにより、見習い、親なしに部屋を貸してくれるような商人もいなかった。

「明日は……寝かしといたアツアツハツをスライスして丼に乗せて……ドスフォアグラもそろそろソースにしとかねぇと。そういや、棍棒ネギの在庫は……」

いくら腹が満たせたところで寝不足と過労には適わない。あの中で一番若く、いくらでも働けるといっても限界というものはもちろんあった。
不意によろめき、大事に抱えていた皿を落としそうになる。ダメだ、危ねぇ――そうして路上に倒れ込みかけた瞬間、何者かの手が横から伸ばされていた。

「――っと! おいよー、どこに目ぇつけてんだよ、このクソガキ。俺の大事な装備がソース塗れじゃねーの」

見上げた先にあったのは、高級食材の筆頭、竜尾(リュウノテール)……それも、「亜種」の名を冠する竜と同じ色の髪の毛だ。
怪しい金色は、今夜の冷めた月の色によく似ている。グレゴリーは、腕を掴まれたまま目を何度も瞬かせた。

「おいおい、聞いてんのかよ? 弁償とかって概念分かるか、分かんねぇだろーな。……まぁイイわ、せっかくだからツラ貸せや」

閉ざされた、視野を狭める自身の境遇。その日現れたのは、その厨房から自分を引きずり出すことになる蒼火竜を思わせる色合いの青年だった。




「……やっぱりな。このソース作ったの、お前だろ?」
「ひいいっ! な、なんでそれを……!」

あの後、本来なら自分の晩飯になるはずだった一皿は「ソースぶっかけた詫びをしろや」とのたまう青年にペロリと完食されてしまった。
腹は空くわ店の秘密を知られるわで、散々である。涙目になって秘密を守るよう懇願するグレゴリーに、彼は「自分はアトリ様だ」と急に名乗りをあげた。

「なんで勘づいたかって? そりゃー、あんだけ分かりやすく味が変わりゃぁ気づくに決まってんだろ」
「で、でも、先輩方は今までと大差ないって……」
「大差だぁ? どこがだよ、お前のソースのが美味いってーのに、そいつら舌が死んでんじゃねーの。終わってるわ」

なんでも、アトリ自身に金はないが彼が情報(?)収集するために懇意にしている小金持ちの女性陣に奢ってもらうことは、よくあるそうだ。
よく分からない話だ、グレゴリーはパチパチと眩しいものを見るように目を瞬かせながら眼前のハンターの話に聞き入った。
曰く、アトリ――素直にアトリサマと呼んだら爆笑された――には少年を脅す意図はないという。単純に店の変化を確信したかっただけなのだと彼は笑った。

「ハンターってのはよ、変化に敏感じゃなきゃやってらんねーのよ。あとアレだな、不確かなことは確認しとかねぇと命取りになる」
「不確かなこと? ……店の味が変わったこと、っすか」
「それもあるが。憶測で物を言うとな、あとから手痛い返しを喰らうハメになったりすんだよ。オレはオレにだって、足を引っ張られるのは御免なんでな」

アトリはグレゴリーより六、七歳ほど年上であるという。その歳で様々なことを知っているんだなあ、と少年はこの蒼火竜似のハンターの話に夢中になった。
モンスターや狩り場のことはもちろん、グレゴリーが関心を寄せる食材や物流、世間の流行り廃れまでもが網羅されておりあっという間に時間は過ぎる。
「どんな知識であろうと狩りに繋がる」。青年はそのように語り、これまで若くしていながらどれだけの狩り場を駆けてきたか、詳細に教えてくれた。
グレゴリーにとって彼との対話は心躍るものに違いなかった。自分をモンスターないし道具扱いする先輩方の嫌味な表情など、たちどころに忘れてしまえた。

「ヘヘッ……アトリの旦那の話、アッシは面白くってたまんねぇっす。ハンターじゃなけりゃぁ噺家にだってなれますぜ!」
「おいおい、グレー。そりゃ褒めすぎだろ、オレよか口達者なヤツなんざいくらだっているもんだぜ」
「ぐ、グレー? グレーって……」
「あぁ? グレゴリーだろ、だったらグレーでもイイだろ。お前だってオレのこと旦那旦那ーって好きに呼んでんじゃねーの、おあいこだろ」
「おあいこ……おあいこ、っすか。ヘヘッ、アトリの旦那。それじゃぁ、まるでアッシと旦那が仲間みてぇじゃねぇですかい。アッシには、そんな……」

ピン、と軽快な音が鳴り響く。
顔を上げた先で、アトリが一ゼニー硬貨を指で弾いて遊んでいた。

「おいよー、メシ仲間なんじゃねぇんかよ。こないだ、屋台の肉まん奢ってやっただろ!」

破顔するハンターの、蒼火竜の、心強い声と笑み。何故か泣き出してしまいそうになり、グレゴリーは薄汚れた手の甲で目を懸命にこすった。

「よぉ、グレー。またテキトーにメシにしようや。育ち盛りってやつだろ」
「ヘヘッ……なに言ってんですかい、アトリの旦那。旦那だって育ち盛りじゃねぇですか!」

それもそうか、縹の狩人は腹を抱えて笑い、旦那は野菜も食った方がいいですぜ、小柄すぎる料理人は泣きながら笑った。
あの日以降、二人の交流は続いていた。たとえどんなに忙しくとも、事前に断り合っていない限り出来るだけいつかの裏路地で落ち合うようにしていたのだ。
どんなに悪く言われても、こき使われても、心だけは死なずにいられた。グレゴリーにとって、青年との出会いは幸福の一部であることに違いなかった――





「……おい、グレゴリー。お前、シェフに俺たちの命令のことバラしただろ」

――転機は突然訪れる。
いつものように日中は慌ただしく調理に専念し、夜、真夜中を過ぎてもなお終わらない片付けと仕込みに汗水を垂らしていた寒冷期のある日。
グレゴリーは、すでに自宅に帰ったはずの部門長らが再び職場に姿を見せたのを目の当たりにして固まった。

「さっきオーナーから通達があったんだよ。お前に仕事を押しつけてるコックがいるって、常連客から連絡があったって!」
「やってくれたよね。この間、うんといい調理器具買ったばかりだったのに……見習いクラスにされたんじゃ、次の道具だって新調できないじゃん!」
「さんざん経験を積ませてやっただろう! 何が不満だったというんだ、恩を仇で返しやがって!!」
「ま、ま、待ってくだせぇ! あ、アッシは何も……なにも喋っちゃいませんでさぁ!! 何かの、間違いじゃ……」

「憶測で物を言うと」。いつかのアトリの声が脳内に反響し、つい反射で反論してしまう。
グレゴリーは、これまで一度も彼らに反抗したことがなかった。奴隷か下働きとしてしか見られていなかったことも理由の一つだ。
だからこそ、彼らの怒りは余計に強まるばかりだった。投げつけられた小麦粉を全身に浴び、たちまち目が潰され、その場にまともに立っていられなくなる。

「ふざけやがって、この後に及んで言い訳かよ!」
「せっかく面倒見てやったのに。この、裏切り者!!」
「ちが、ちがぁ……うっ! アッシは、あ、アッシはぁ……っ!!」
「こんな醜男をずっと置いといたのが間違いだったんだよ……バレちゃったなら仕方ない。お前なんか、もう要らない」

自分の何が悪かったのか、自分は何をしでかしてしまったのか。もはや、グレゴリーには分からなかった。
真っ白になったまま何度も突き飛ばされ、寒空の中、店舗裏口から放り出される。文字通り寒風吹き荒ぶ中に放逐され、少年は閉ざされた扉に縋りついた。

「せ、先輩方ぁ! あ、アッシは、アッシは何も! 本当になんにも知らねぇんでさぁ!!」

……高級志向の店ということもあり、安全面には十分な配慮が行き届いている。グレゴリーが何をどう叫んでも、ドアが開かれることは二度となかった。
こうして、小柄すぎる料理人は職を一夜にして失った。身寄りもない、食材研究のためにろくな貯金もしていない身では、行く宛てなどどこにもなかった。
ぼたぼたと涙を瀧のように流しながら、冷え込む夜間をさまよい歩く。なけなしの金で買った自前の道具でさえ彼らから返してもらえなかった。
仕事……仕事しか自分には残されていなかった。そのことに気づいたとき、グレゴリーは自分がいかに料理を好いていたのか、今更に知ることになったのだ。

「なんで、どうして。誰があのことを……あ、アッシには、もう……」

これからどうするか、どうすべきか、どこへ行くべきか……見当もつかない。
ううっ、と情けなくすすり泣いた瞬間、少年はいつの日か遭遇した、あの軽薄な青年の声を耳にする。

「――よぉ、グレーじゃねーの。どうしたどうした、腹でも減ったんかよ?」
「あ、アトリの旦那? だっ……旦那ぁあああ!!」
「んがっ!? どーしたってんだよ、なんで泣いてんだ!? ……おいよー、しっかりしてくれよ。泣いてちゃ話が見えねぇだろ!」

いつものように軽快に笑いかけられて、少しだけ気分が上がる。手招きされるまま、いつも通りに裏通りに潜り込み、今しがた起きたことをまくし立てた。

「……あぁ、そりゃアレだろ。オレ以外にも『気づいた』ヤツがいたんじゃねーの」

アトリの反応は落ち着き払ったものだった。頭をグリグリと撫で回され、グレゴリーはようやっとまともに呼吸ができるようになる。
以前「手持ちが心許なくなってきたからしばらくハンター稼業に専念する」と言い、実際にドンドルマから姿を消していた、敬愛する蒼火竜似のハンター。
再会できたことは喜ばしかったし、何より不在期間の長さから彼がオーナーに今回のことをチクったわけではないことは承知している。
雑な撫で回しと、低い声による事態の分析。グレゴリーは大粒ナミダを、差し出されたタオルでようやく拭き取った。

「でも、アッシにはそんなよくしてくれる相手なんていませんでさぁ。アトリの旦那」
「分からねぇぞ? お前とは親しくなくても舌が肥えてる金持ちってのはいるもんだ、『味』そのもので店の外観を連想できる自称食通とかな」
「美味いメシだから記憶にバッチシ残ってる、ってことですかい。けど、アッシのメシなんてそんな大層なもんじゃ……」
「よぉ、グレー。そういうのを自己否定、過小評価っていうらしいぜ。オレの舌が信じられねぇってーのかよ」

渡されたタオルを握り締めたまま、グレゴリーはアトリの顔をまともに見上げた。
一方で、縹の狩人は自信に溢れた笑みを浮かべ、まっすぐに小柄すぎる料理人を見下ろしている。

「しん、じて……くれるってんですかい。アッシが代行料理人だってこと、誰も気づいてなかったってぇのに」
「オ、レ、は、気づけてやってただろ! アッハ、味の違いも分からねーようなばか舌どもなんぞ忘れっちまえよ! オレと一緒に来たらイイじゃねーの」
「一緒に? アッシは、モンスターを狩ったことなんて一回もねぇんですぜ?」
「ばっか、誰も無理にハンターやれやなんて言ってねぇだろ! あーあ、どっかにクッソ美味いメシを作れる天才料理人ってーのはいねぇもんかねー!!」

「それ」が自分を差す言葉であることをグレゴリーは察してしまった。ちらと盗み見た先で、蒼火竜似の青年は年相応に笑ってみせる。

「よぉ、後悔はさせねーぜ。お前は作りたいメシ作り放題、オレはその材料稼ぎ兼モンスター素材集めだ。そんな悪くねぇ話だろ」
「……!! あっ、あとっ、アトリの旦那ぁあああ!!」
「ウッハ、どういう泣き方だよ!? あんま笑わせんなや、涙と鼻汁がもったいねーぞ!」

寒空の下、縹の狩人はケタケタと腹を抱えて笑った。小柄すぎる料理人は、こうして「双焔の猟団」の仲間入りを果たしたのだ。







「……ってワケでさぁ。結局、アッシが代行料理人であることに気づいた常連ってのは、正体が分からずじまいってなもんですぜ」

あれから十数年。
猟団絡みの事件も落ち着きをみせ、ようやく本当の意味でシェフを務めることが可能となったグレゴリーの顔は、晴れ晴れとしていた。
出された汁物を啜りながら、彼に縁ある男はきゅうっと目を細めて凶悪に笑う。彼の手製の料理は何度も味わったが、今の料理が一番美味いと、そう思った。

「それなんだがな、いるにはいるものだぞ。『味にうるさい食通気取りの金持ち』というのがな」

おたまをくるくる回してご機嫌に焼き物を仕上げていたグレゴリーは、連れを連れ立って現れた男にパッと振り向いた。
くぼんだ眼窩に収まる黒瞳が、忙しなく瞬いている。同じように男が連れてきた――比較的最近縁が繋がったとあるハンターも、男の横で黒瞳を瞬かせた。

「食通気取りの金持ち? ユカ、お前の知り合いなのか」
「さてな、どうだったか」
「まーた、もったいぶりやがって! カシワの旦那、やっぱりユカの知り合いなんざ辞めて、アトリの旦那と一緒にいた方がいいですぜ。いけ好かねぇ!」
「そうか。これはまた、ずいぶんと嫌われたものだ」
「いや……そりゃ、いきなり足斬ってきた相手にそうそうニコニコしてられないだろ……」

出した料理はあっという間に空になる。
体に悪いぞ、そう制止されたにもかかわらず甲冑魚製のスープをがぶ飲みした黒髪黒瞳のハンターが、ほぼ反射で「おかわり!」するほど料理は好評だった。
皿を受け取り、どんぶりを流しで洗って、グレゴリーは丸い背中を更に縮めて一人笑う。

「アッシの……アッシの矜持、ってヤツでさぁ。アトリの旦那が保証してくれたんだ、この街でやっていけねぇハズがねぇんでさ」
「ん? グレー、なにか言ったか……はっ! もっ、もしかしてスープ売り切れたのか!?」
「そのくらいにしておけ、カシワ。例の雲羊鹿飼いに食い過ぎ、塩分摂り過ぎだと密告してやってもいいんだぞ」
「なななななんでだよ、おかしいだろ! 今っ、ノアは関係ないだろ!?」

次の料理を鍋からすくって皿に盛る。振り返った矢先、グレゴリーは「待ってました」とばかりに顔を輝かせた狩人らの顔を見て破顔した。
……これまで、泥水のような苦難を飲んできた。今の暮らしがあるのは、支えてくれたとある軽薄なハンターのおかげだ。
誇らしい気になって、立ち飲み屋の一角、自身に託された屋台店の戸口に吊り下げた手製の暖簾を見上げた。
あの日遭遇した男の髪に似せた、蒼火竜の竜鱗と同じ色合いの布地。誇らしい自慢の色が、ドンドルマ中に広がる二色の飾り布にまぎれて軽快に揺れている。



……



「あー、美味かったなあ! 腹いっぱいだ!」
「そうか。グレーの飯だ、悪いはずがないだろう」
「なあ、ユカ。それ、今度ちゃんとグレゴリーに言ってやれよ。きっと喜ぶぞ」
「……さてな。どうだろうな」

小柄すぎる料理人と別れた後、馴染みの拠点に発つ飛行船の発着所に向かいながらの道中。
なんだかんだで奢ってもらった黒髪黒瞳の狩人は、もっと言えば共に狩りまでこなしてくれる銀朱の男に着いて歩きつつ、ふと疑問に思ったことを口にする。

「お前も素直じゃないなあ……そうだ。お前が言ってた、なんだっけ、舌の肥えた金持ちだっけ? あれって結局誰のことなんだ。心当たりってないのか?」

問われた男は、珍しくその場で立ち止まった。なにか変なことを聞いただろうか、つい立ち止まった黒髪黒瞳に、男は実に不機嫌そうな視線を返す。

「ゆ、ユカ……?」
「聞くな。『あの男』の話など、私的な時間の折に触れたくない」
「私的な……って、なんだよそれ、どういうことだ? おい、ユカ!? ちょっ、置いてくなよ!」

上等な赤色洋装の裾を翻して、男は足早に歩みを再開させてしまった。慌てて後を追う狩人をそっちのけに、男は一人奥歯をぎしりと噛み鳴らす。
……いつの日か、ハンターズギルドの職に就いてすぐのことだ。
「とある商会のトップ」に、「ある馴染みの店のソース担当が辞めたようでガッカリした、隙あらば引き抜こうと思っていたのに」と愚痴を吐かれたのだ。
よりによってそのソース担当とやらは、自分がギルドナイツに所属するきっかけとなったある事件の関係者であり。
件の商会のトップとやらは、自分と密かに情報を取引するドンドルマでも名の知られた豪商――狸獣爺でもあった。

「……孫娘に限らず、腕を見込んだ料理人まで手中に収めなければ気が済まないとは。あの、ごうつくばりめ」
「ごっ、ごうつくばり!? どうしたんだよ、顔怖いぞ?」
「なんでもない。それより、早くベルナに戻るぞ。カシワ」
「あ、ああ……そうだな。そろそろノアにも会いたいしな」

浮かれすぎるなよ、銀朱の騎士はそう言って口角をつり上げ、そんなことしてなかっただろ、後輩狩人はぎりぎりと悔しげに歯噛みする。
顔馴染みの料理上手の食事をたらふく堪能した二人は、気持ちも軽やかに今日も仕事に向かった。
その日は、どこの空もとてもよく晴れていた。各々の前途を祝するように、陽光がジォ・クルーク海を輝かせている。





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 UP:24/08/01