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畏怖の国(不可侵領域)


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(微睡みいく)


ぼんやりと乳白色の靄がただよい
うっすらと桃色の空気が滞留している
飴細工のように薄く透き通る硝子の向こう
あたたかそうな液体がたっぷり満たされたその中に
やわらかそうな死体が無数に浮かんでいる

女、ふくよか、なめらか、柔肌、曲線美
男、雄々しさ、かたさ、角張った、胸板の厚み
こども、ろうじんの姿は見えず
物言わず、顔面は水面から上にあり表情を見せもせず
さながら立ち漕ぎを堪能するようにして浮いている

通りすがりの道にも死体は立つ
やはり皆、霞むようにして顔が見えない
もうろうとする意識の真ん中に
石や雑草のように押し黙って立つだけだ

ぼんやりとよどむ視界は先が見づらく
うっすらとにごる世界は別天地のよう
ゆっくりと歩を進めても
わたしはただ一人
温泉場のようにあたたかな広間を回るばかり
ぐるぐるぐる
ここには出口などなく
ぐるぐるぐる
行きつく先は元来た道

途方に暮れて顔を上げれど
硝子の向こう
その外側
どこにでも死体が無数に立ち尽くしている
やわらか、ごつごつ、彫像のよう
物言わぬ置き物、あたたかみのない固形物

ここは立ち入ってはいけないところだ
かみさまのお気に入りが隠された秘密の場所だ
匂いも温度も決して感じることができないでいるけれど
むせるような湿度はわたしの四肢にねっとりと纏わりついてくる

黒色の六角形
垂直に建てられた大理石
畏怖と崇拝とを練り込んだその中に
わたしはただ一人無音で置き去りにされたまま





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 UP:20/01/27 → ReUP:20/03/10