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創傷(表裏一体)


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(それは我等のすぐ傍に)


死は、常に私の真後ろにいる
つかず離れず、追いつく素振りも見せず
ただ静かにそこにある

(遠くで喇叭の花が咲く)
(大輪の白が朝日に輝く)
(近くで銀毛の花が咲く)
(赤い灯火が野を駆ける)

幼い頃に遊んだきりの、押し入れの奥に沈めた玩具
湯がいた後に廃棄する、鶏の骨
アスファルトに溶かされるばかりの、真っ赤な飴玉
砕けて散らばる、ガラスの破片
老波に置き去りにされた、錆びつく塗炭屋根の小屋
あの空にいく夕暮れのカラス達

触れるには恐ろしく
口にするには白々しい
臭いは酸味が強く
かすかな呼気も聞こえてこない
白濁した眼球は空っぽの膜で私を見ている

振り向いてはいけない
追いついてはいけない
手招く手のひらを振り払い
矢の如く駆け出さなければ

黒褐色に埋もれた、愛らしい笑みの少女
懇願する、吊された偶像
丈夫な縄を、角と鈍くらに巻かれた雄牛
あどけない、移り気な妻
天を仰ぐ、無数に突き立てられた鉄の棘
濁流は今宵も漆黒のまま

空洞に残された眼窩がこちらを見る
いっそ輝く柔肌がこちらに囁く
ぞっとするほど冷たい皮が
灼熱の火の粉を越えこちらを手招く

追い越してはいけない
向き合ってはいけない
一塊の土塊に埋められてしまうその前に
あの紺碧の水たまりを見に行かなければ

(蟻が運ぶ)
(その残骸を運ぶ)
(どこよりも暗い地の底)
(地下水の遠のく乾いた土地に)

死は、常に私の真後ろにいる
幾千もの屍の上、幾つもの骸の下に
ただ無言でそこに座す

(あの星が瞬く前に)
(あの空に昇る後に)
(惨たらしい惨状に背を向け)
(非情なまでに非力なままに)




望もうと、拒もうと、いずれそれが首の皮一枚だけで繋がっているものであるなら。
切望するのではなく、それはすぐ近くにいると自覚することで得られるものがあるかもしれない。
不幸であり幸福であり、有能であり無力な生き物として私達が在るからには、
きっと自ら振り向いて手を伸ばしてはいけないのかもしれない。






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 UP:19/06/27