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モンスターハンター カシワの書外伝 サイドクエスト : 変容手招く獣 TOP |
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ふら、と一匹の蟲が夜陰を過る。淡い翡翠色に照る体が黒一色を透過して、翅脈と翅脈の間、室の内側に黄色の野花やまばらに生える草木を写し取っていた。 暗がりにどんと佇む巨体のカエルの絡繰り仕掛けや、その奥、長らく里に停泊する交易船もまた蟲の翅に捕らわれていく。 この蟲は、このあたりで多くの狩り人に使役されている蟲だった。名は翔蟲という。 そのほとんどは雌の個体で、彼女らが腹部から解放する糸は頑丈で切れにくく、またしなやかで、強力なモンスターを狩猟するのに大いに役立った。 それだけでなく、彼女たちの糸はこの地方特有の狩猟技法にも手広く貢献している。まさしく翔蟲なくては里の狩猟技術は語れはしないのだ。 翔蟲がふわりと吸い寄せられるように奥に姿を消した頃。すでに今日の店じまいを済ませた広場のとある窓口に、小柄な影がやってくる。 「……あれ、まだお帰りにならないんですか」 よく澄んだ、若い男の声がした。年の頃は十代も半ばといったところで、左の目を隠すように伸ばされた前髪や青熊獣の素材を用いた装備が目を引く。 何らかの道具を置き忘れたのか。彼は一度前屈みになると、布を被せたりなどして閉店の装いを整えた場所から木彫りの札を一つ手に取った。 振り返れど声はしない。首を傾げながら少年が距離を詰めいくのは、ここオトモ広場の奥の方、オトモたちが休息ないし暇つぶしをとる為のスペースだ。 オトモ用に組み立てた木製の玩具や置物、秘密の特訓道具などが、闇夜の中でしんと息を潜めている。そんな中に、もそりと何者かの黒い影が蠢いていた。 「もしかして、宿の居心地がよくなかったですか」 「いや? そんなことないさ」 相手は人間だった。寄ってきた翔蟲を手元に招き、その場にどかりと座り込んだままニカリと人好きのする笑みを返してくる。 黒髪黒瞳、カムラノ装。横に置かれた武器はシンプルな装飾ながら強靭に鍛えられた里自慢の小振りの剣と盾で、一目で男がハンターであることが分かった。 「イオリの紹介だっただろ。いい宿だったし、有難いと思ってるよ」 「それならいいんですけど……あまり、ゆっくり休まれている様子がなかったので」 「本当に俺は大丈夫だ。ただなー……こいつが、うん、って言ってくれないからさ」 「こいつって。その子のこと、まだ」 少年が僅かに目を見開いたのを狩人は見逃さない。ああ、よく通る声で返事をして、利き手側に伏せたままの獣の頭に視線を落とす。 薄花色の体毛の、まだ若い牙獣だった。よく見かける色合いのガルクだが、その片眼には深い傷を負っている。 イオリは、このカムラの里でオトモ雇用の斡旋業に就く少年だった。そのガルクがどんな経緯でそこに伏すのか、彼は胸が痛くなるほどによく知っている。 「もう、二日ですよ?」 「『オトモにするならその子じゃなくても』だろ? 狩りの相棒にも言われた」 「それなら……」 「こいつを見たとき、『ビリビリするらしいです』っていうのを感じたんだよな。分かるか、こういうのを運命って呼ぶのかもしれないだろ?」 「運命……ハンターさんが可愛がってくれるなら、そんな言葉よりもっと強い絆で結ばれることもできますよ!」 「い、いや、あの……ち、違うんだ。ツッコんでくれ、俺なりにボケてたんだ、頼むから!」 ボケとは、イオリは純粋に首を傾げ、いやなんでもない、ハンターは頭を抱えて身をよじらせた。 真剣な話の前触れに、帰途につこうとする少年の足は完全に停止してしまう。 「って、悪い。帰ろうとしてたよな」 「いえ、大丈夫ですよ。忘れ物を取りにきただけですから」 何度かこの男と話をしたことはあるが、先のように真面目な顔を見せることもあれば、急に話をはぐらかすような言動をとることも儘あった。 カムラの里にはすでに若き専属ハンターが存在しているが、純真で快活な彼らに比べ、この男にはどこか異質で不安定なものにみえる瞬間が度々あったのだ。 イオリにはそれが不思議でならなかった。腕は立つのに仕事のことは語りたがらず、相棒と称する女に促されなければ狩りにも出ない。 何故、ハンターズギルドはこの男を派遣したのか。どうして、彼らでなければならなかったのか……。 「イオリは、こいつのことをどう思う?」 「ボクから見て、ですか。そうですね……いい子ですよ、とっても。頑張り屋さんですし、真面目で、ひとの話もよく聞いてくれて」 「そうだよなー。……なあ、こいつ、本当に根性があると思わないか。あの百竜夜行の偵察から生きて帰ってきたんだ。片眼を払わされたとしても、さ」 仕切り直し。声を低くした男を見下ろす格好で、イオリは小さく頷いた。 ……そのガルクの元々の雇用主は、里の防衛を担う里守の一人だった。 数週間前、ここより離れたある地方で発生した「兆候」の様子を探るべく、彼とそのオトモにあたるこの牙獣は里をあとにした。 調査を終え帰還する最中、彼らは酷く傷を負った恐ろしいモンスターに襲われたという。命だけは拾ったが、件の里守はすっかり意気消沈してしまっていた。 里に戻るなり、彼は負傷したオトモとうまく向き合えず、また襲われた衝撃を消化することもできず、ただ一人この地からの出奔を決意する。 見たこともない状態の、怒り狂うモンスター。話だけ聞けば無理からぬ話ではある。人々は最後まで里守を責めずにいたが、惜しいと思う心は一致していた。 別れの日、ガルクは主人の背中が見えなくなってもなお、里の出発口から動こうとしなかった……ここまでが、男がイオリから聞かされた「事情」である。 「キツかっただろうな、こいつも、出ていったその人も……けど、こいつはいつか帰ってくると信じてる。当たり前だよな、それだけ大好きだったんだから」 「彼が向かったのは……知人のつてがあるという、海の向こうの大陸だそうですから。言葉通り、戻るつもりはないんだと思います」 「海の向こうだって? まさか、新大陸か? いや、そんなわけないよな……」 「ハンターさん?」 「ん? あー、悪い。なんでもないんだ、気にしないでくれ」 つきっきりで自分の手当てをし、回復後もよくしてくれたイオリの呼びかけであったとしても応えずにいた身だ。牙獣は眼を閉じて顔を逸らした。 彼は、主人が最後に残した「またな」という言葉を信じて――真の意味で理解していたかどうかは不明だが、真正直に、従順にその帰りを待っているのだ。 決して振り向きもしない、置き去りにされた牙獣……黒髪黒瞳の狩人は、一連の話を聞いた瞬間「お前、凄いな」と言って笑った。 遠方から百竜夜行対策に出向してきたというこの男は、以来イオリに頼み込み、暇さえあれば必ずこの場に顔を出すようになっていた。 「そうだな。だったらなおさら、こいつには俺と一緒に来てもらわないとな。俺、オトモに頼りっきりだからさ……なあ、悪いようにはしないぞ? たぶん」 ひいてはこの牙獣をオトモとして雇用する為に。傷を負わされ、主人と離れ、ガルクは傷ついていた。傷が癒えた後もここから動こうとしないほどだった。 その様子を男は「根性がある」と言って褒めた。イオリがかつてそうして彼を慰めたように、へらりと人好きのする笑みでその心を称賛した。 「……クゥン」 「ん、どうした? 寒いか、腹でも減ったか。携帯食料ならあるんだけどなー……軽く炙るか」 「あの、……ハンターさん」 「うん?」 「今夜はいつもより冷えるそうですから。あとでお二人の分も白湯と毛布をもらってきますね」 「ああ、ありがとうな、イオリ。そうしてもらえると俺たちも助かる」 ニカリと子どものように笑った後で、男は仰向けになって堂々と寝転んだ。 長く伸ばされた一本結びの髪が緩く揺れ、その先、男より先に草上に寝転んでいたメラルーに覆いかぶさる。メラルーは髪を手でちょいちょいと弄んでいた。 ばさっ、と大音とともに散らされた草やふたつ分の図体を見て、ガルクはぎょっとしたように一瞬顔を上げている。 その頭を男の手が撫でていった。くすぐるように指の腹で眉間や目の周りを、次いで手のひらで頭頂部を大胆にわしわしと。手慣れている、とイオリは思う。 楽しげに笑う男から顔を背け、不本意半分、満足半分という顔で牙獣は片目を細めて見せた。 「一つ、聞いてもいいですか」 「うん? ああ、俺に分かることならなー」 年若いが、イオリはオトモ雇用窓口として里の皆から厚く信頼されている。 このガルクについても里の統括役から直々に「イオリに任せておけば心配いらないでゲコ」と一任されたほどだった。 故に彼が、過去になんと呼ばれていたかも知っている。出来ることなら、最愛の里守にその名で呼ばれることがあればそれが一番だろう。 しかし、それでももし、可能性があるならば……目と鼻の先、すっかりくつろぎ始めてしまったハンターを見下ろして、少年はかねてからの疑問を口にした。 「もし雇用してくださるなら、ハンターさんならなんて名前をつけるのかなって」 「あー……そう、だな。実はもう決めてるんだ。『スズカケ』かな」 「スズカケ、ですか」 聞き覚えのない響きに少年が首を傾げると、男はオトモの眼前にえのころ草をぶら下げる。身悶えするメラルーと戯れながら、イオリに力強く頷き返した。 「俺の育った村では、ハンターの才がある男に『樹木』の名前をつけるんだ。天までその名が届くように、って」 「だからハンターさんの名前は『カシワ』さん、なんですね」 「ああ。ちょっと照れくさいよな……俺はさ、つい最近まで親父が腕利きってことを知らなかったんだ。よく覚えてないけど、祖父もそうだったらしい」 「旦那さん、もっと振って下さいですニャ」、青眼のオトモメラルーがながら作業の雇用主に文句を言っている。 破顔しているあたり、双方にとってこれは睡眠前のスキンシップなのだと理解できた。イオリは、どこか吐き捨てるように語り始めた狩人の顔をじっと見る。 「スズカケっていうのは少しずつ樹皮が剥がれていく木でさ。まだら模様になるんだけど、そこがまた綺麗だってんで村の一等地に植わってるんだ」 「まだら模様、ですか。確かに、目立つシンボルになりそうですよね!」 「ああ。で、俺の両親は子供はもう一人欲しかったそうなんだけど、二人目ができてたら……あのスズカケノキから名前を貰おうと考えていたらしくてさ」 ふと、ガルクが顔を上げる。黒髪の狩人は翔蟲を片手で誘導し、牙獣の頭上に彼女を滞空させた。 淡い光を伴う翔蟲独自の飛翔は、狩りの最中においても重要な目印、座標となり得る。見慣れた灯を、ガルクは澄んだ不言色の眼で黙して見上げていた。 「今の時代、オトモだって立派なハンターの一員だからな。名前には、こだわりたいもんなあ……なあ、アル」 「ニャイ、旦那さん! ボク、こちらでも頑張りますニャ。ニャンターの腕の、見せ所ですニャ!」 「……な! 俺のオトモも相棒のオトモも名前負けしないくらいがっつり活躍するからさ、俺がハンターやってる意味あるのかってたまに思うんだよな!」 「ニャ、ニャイ……旦那さん……?」 「……えぇっと? カシワさん? ボクたち、そんな話してましたっけ?」 「あー、分かってる、気にしないでくれ。ただの愚痴だ」 「愚痴にしてはずいぶん詳しい……」 「お前、年の割には結構な落ち着きっぷりと目利きっぷりだな!? 俺の心を抉るなよ! 頼むぞ!?」 「旦那さん、元気だして下さいですニャ。オサイズチの刃尾ならきっとそのうち手に入りますニャ!」 ぐあー、などと頭を抱えて悶絶するハンターの頭を、オトモメラルーの手と――ガルクの鼻先が撫ぜていた。 これはひょっとするとひょっとするかもしれない、イオリが目を瞬かせたその一瞬のうちに、ガルクはぷいっとそ知らぬ表情で顔を逸らす。 カシワとそのオトモに気づいた様子はない。それとも気がついているところを、あえて口に出すつもりがないのか。 もうずっと以前からの知り合いであるかのように、三者の口元はゆるゆるに緩みきっているのだから。 「っと、もう日も沈んだし……イオリは家に帰らなくていいのか。ハモンさんも待ってるんだろ」 「はい、これから。カシワさん、ちゃんと宿で休んでくださいね」 ん、と手を振り返す男に起き上がる様子はない。恐らく、今夜もオトモ広場に籠城するつもりでいるのだろう。 つまりは、薄花色の牙獣が陥落するその時まで――広場をあとにする直前、一度だけ振り向いた少年の目に暗がりに寝転ぶ狩人たちの姿形は欠片も映らない。 その暗闇を翔蟲の灯火が微かに照らしている。それぞれの輪郭を朧気に、ひた隠しにしながらぼんやりと。さながら、陽光を待つ暁の空に浮かぶ星のように。 ……近いうち、あの牙獣も納得してくれるときがくるだろう。イオリは里自慢の桜に埋もれる我が家を目指して、駆け出した。 |
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TOP UP:22/08/10 |