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モンスターハンター カシワの書 龍獣戯画 : 金烏の眼が醒めぬうち TOP |
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「……これまで、どちらに」 唐突な話ではあるが、我が主はたいがい気まぐれな方だ。 ふと思いついたことがあればそれをやらずにはいられないし、あえて言わなくてもいいであろうことも平気でぽろっと口にする。 そういう質なのだと知ってしまえば楽ではあるが、配下に属する者からしてみればたまったものではないだろう。 今朝方も、赤と蒼の夫妻から苦情が出たばかりだった。曰く、迎えにいく都合があるのだから段取りは守ってほしい、と。 「どちらにって。ちょっとね、お茶会をしてきたの」 見知った洋装、白いドレス。優雅に広がるのはレースや裾ばかりだけでなく、真っ白な髪もまた同様。ナイショね、とばかりに声を潜ませ微笑んでいる。 ……この時点で悪びれてすらいないことが確定した。俺でなく夫妻に護衛を任せるあたり、常と同じ無断外出なのだろう、と。 「お茶会ですか。さぞお楽しみになられたようで。それで、何故連絡も言付けもなしに?」 「あなたが口うるさいから?」 「理由ならご存じのはずでは」 「ねぇ、それよりこれ見て。フワッフワッフルっていうらしいの。ふわふわして浮空竜みたいでしょう?」 本当に悪びれていないのだ。にこにこと両手で抱えた小綺麗な皿を突き出して、主は愛らしくくしゃりと笑う。 丸い皿に盛られているのは赤や紫といった色とりどりの液を垂らしたふわふわの麦の粉の塊で、脇には綿雲のような白い塊も添えてある。 学がない故にそうとしか表現のしようがない。こちらの感想に、主はきゅっと整った眉を寄せて見せた。 「あなたっていっつもそう。退屈な子は嫌いなのに」 「そう仰られましても」 「でも、今日は楽しかったから許してあげる。本当の用事なら、ちゃんと済ませてきたんだから……」 最果ての金烏が立ち消えるかのように。赤色の、緋色の、血塗れの眼が一層濃く燃え、愉しげに歪む。 上機嫌そのもの。主はそのまま、フワワだがフワッフだかよく分からない皿の上のものをどこからともなく取り出した銀の肉刺しで貫き口へと運んだ。 「……それは……つまり、例の招待状の件ですか」 「あら。うふふ……今日は、結構鋭いのね」 眼と同じ、真っ赤な舌が口元をなぞる。蠱惑の笑みは外見と全く噛みあっていない。だが、それでこそ我が主だ。 麗しく華やかな見た目にあぐらを掻かないよう、布巾で拭うように勧めておいた。素直に従うあたり、作法的でない自覚はあったらしい。 ……彼女の言う「招待状」とは、世で言う招待状などとは全く違う。彼女からじかにそれを贈られる者には限りがあり、また広く知られてすらいないことだ。 人間の世界では、それを「選ばれし者」や「栄誉あること」としているらしい。それはそうだろう、我が主はすべてのものの頂点に座す方だ。 そしてこの俺もまた、その隣に立つ誉れを頂戴している。そんじょそこらの退屈な下郎に俺たちが会ってやる理由はない。 「あのね。いつかの子とは違うの。でもね、とっても面白い子だったのよ。うふふ……子ども達を狩るのがね、怖いのですって」 主が言うのは、恐らく此度の招待状を受け取ったハンターのことだ。その言い分があまりにも甘えたもので、俺は閉口してしまった。 「でもね、そうしないといけない理由もちゃんと分かっているのですって。きっと今頃、大好きなお友達にも見せているところじゃないかしら?」 あの古龍好きの子とか騎士気取りの子とか――くすくすと笑みを零す主を見て、俺が思うのはただひとつ。 ……この方は、これまで何度こちらの眼を盗んで下に無断外出していたのだろう。いっそ古城の余りもので大人しくしてもらおうか。 しかし、そんなもので彼女を縛りつけることができると思ったら大間違いだ。反射で、無意識で、白雷が降ってくることくらいは覚悟しておかねばなるまい。 「……よく分かりました。して、期待値はどれほどで」 「あら、怒らないの? そうねぇ……そのうち舞踏会に顔を出してくれるはずだから、気長に待つわ。待つことには慣れているし」 ひらりと洋装の裾を踊らせて、長い白髪を月光に煌めかせて、主が笑う。血塗れの眼で俺を見て、心底愉しげに笑っている。 「気長には待つけど、退屈なのは変わらないわ。退屈は嫌い。ねぇ、少し遊びましょうよ」 「お断りします」 「えぇ? もしかして怒っているの?」 「当たり前でしょう。それにどうあっても、俺は貴女に敵いませんので」 「ちょーっと踊って遊ぶだけなのに……ツマラナイの」 頬を僅かに膨らませてふてくされる様を、これまでも何度も見てきた。だからこそ、同意も同情もしない。 「貴女が『ちょっと遊ぶ』と、また観測所とかいう鳥がうろつくではありませんか。あれはなかなか、」 「目障り?」 「いいえ。そこまでは」 「そう? うふふ。あまり怒っちゃいけないのよ。真っ赤っかに燃えちゃったら、冷ますのに時間が掛かってしまうでしょう?」 ねぇ、と主が視線を投げた先。塔の瓦礫に紛れる形で身を潜ませていた別の臣下が、赤衣の隙間から紫とも黄金とも取れる凶悪な眼を光らせたのが見えた。 ……確かに、一度燃えたら冷ますのに苦心しそうだ。俺は小さく首肯して、ふと差し出された主の白い手を取った。 「白い光が綺羅星のように舞い散って……とっても綺麗なはずよ。目が醒めるくらい……長い夢から覚めるくらいに」 「そのハンターとやらが、そう早く訪れるとも限りませんが」 「あの子に限って有り得ないわ。とびきりの衣装も得物も、用意するのは大変ですもの。だからこそ……そこに、彼らの誇りを見出すことが出来るのよ」 それにあの子は前座を乗りきれた子なんだし、そう意味深にぽそりと呟いた後、主は瓦礫の方に向かって手招きする。 のろのろと這いずるように出てきた男は、同じように眼前に差し出された手を取り頭を下げた。 それまで爛々と私怨と憤怒とに燃えていた眼差しは、一度固く眼を閉じ深く頭を垂れることで、幾分かその熱を冷ますことができたように見える。 「いつの時代も、誇りを掲げてきた狩人たちがいたの。目の前で、遠くで散った子もいたわ。彼らが本当の意味で失せるのはどんなときか……分かるかしら」 「貴女のお言葉を借りるのならば、それこそ『退屈』なときなのでは?」 「人知れず潰えるとき。得物を手放して旅路に出るとき。友と違えるとき。私たちの前から失せた、そのときよ。きっかけはそれぞれで違うのでしょうけど」 地を這うような、低い、獰猛な唸り声が聞こえた。真横で跪く赤衣の男が、耐えきれずにといった体で咆哮しかけた音だ。 主は何も指摘しない。諫めることも罰することもなく、ただ労うように頭部を覆う布を撫でただけだった。 「さぁ、そうと決まれば今宵も早速、議論を交わすことにしましょうか」 「議論、ですか」 「……」 「そうよ。人間の世界でも流行っているのでしょう? あの子……いったい『何乙』するのかしらね?」 ……我が主よ、それは議論などではなく「賭けごと」というものではないのでしょうか。 頭痛を覚えて眉間に皺を刻んだ俺と、何か言いたげに口を真一文字に結んだ男を見比べて、やはり彼女は可憐に笑った。 血塗れの眼で俺たちを見て、レースを、裾を、長い白髪を月下に揺らして、心底愉しげに笑っている。 「名もなき狩人の矜持……そうよね。うふふ……待ち遠しいわ。退屈なんて、させないんだから……」 赤い眼が空を仰ぐ。青白く血の気を失せさせた月夜を睨める。 一度、主の白髪が俄に帯電するようにうち震えた。気高い神解けがこの場を白く塗り替えるまで、あと…… ……「その日」、確かに黒髪黒瞳の狩人は招待状を手に舞踏会に訪れた。 隣には片腕となる天色髪の、古龍を好む変わり者を。 背後には信を置く銀朱の髪の、騎士風情の男を。 とびきりの衣装ととびきりの得物とを掲げ、声高に叫ぶのは如何なる矜持を示さんとするものか。 いま、霹靂が綺羅星をも焼き払う。白塗りの夜会は、ようやく幕を開けたばかり―― ――そうした名もなき彼等のうたを、我々は未だよく識らない。 |
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TOP UP:22/06/24 |