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モンスターハンター カシワの書 サブクエスト : 荊棘の残り灯 TOP |
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物心ついた頃には、家に独りでいることが多かった。わたしの父は優秀なハンターで、一度家を出ると数日どころか下手をすると数ヶ月も帰ってこない。 砂塵の舞う大砂漠や、湿った泥土の暗い森、熔岩と岩石が並ぶ火山地帯…… 父が向かう狩り場はそういった厳しい環境にあるところばかりで、帰りの便りが届くのを、窓枠にしがみついて心待ちにしていた記憶がある。 父が多額の報酬金を手に戻ってきた日には、食卓に豪華なご馳走が並べられた。 ご近所さんもたくさんの差し入れを分けてくれて、わたしたちを精一杯労ってくれた。 お酒のにおいと、焼いた肉やゆでた野菜、チーズがとろけていく湯気の向こう……父は、酒気で真っ赤になった顔で破顔していた。 母もにこにこして喜んでいたけれど、わたしは正直、そんなことより父にもっと家にいて欲しかった。 父は、若い頃から大物相手に単身で臨むことが多く、怪我をして帰ってくることは日常茶飯事だった。 血の臭い、打ち身、赤色、青ざめた顔。それに恐怖しない日は、一度だってなかった。 母は母で病気がちなひとで、父の帰りを待ちわびながら、わたしに気づかれないように隠れて咳をしていたのを覚えている。 父も母も、幼いわたしに弱さを見せまいと必死だった。 十代の半ばで親の反対を押しきって結婚したから頑張らなければならないのだと、いつの日か母がこっそりと教えてくれた。 (そんなに好き同士なら、もっとずっと一緒にいたらいいのに) 母に手を引かれ、夕日に焼かれる草原の上から龍歴院印のついた飛行船を見上げながら、わたしはいつもそんなことを考えていた。 どこか青白い顔を赤く染めながら、母はわたしに振り向いていつも必ずこう話す。 『もうすぐ、マルクスさんが帰ってくるのよ』。わたしの父はマルクスという。なんでも、異国の難しい学問に精通した学者先生と同じ名前なのだそうだ。 義両親がお偉い学者先生から名を取ったというわりに、父はあまり頭がよろしくないのだと母は言う。 狩り以外のことはからきしなのよ、とは彼女の口癖のようなものだった。 母の言いたいことは、幼いわたしにも理解できていた。父は料理はもちろん、片付けはおろか風呂を沸かすのだって上手くない。 けれど、わたしも母もそれでよかった。父は忙しいひとだったけど、わたしたちのことや飼っているムーファのことも、うんと愛してくれていると知っていたから。 『――っ、エレノア!!』 母が亡くなったのは、久方ぶりに長引いた遠征から父が戻ったその日のことだった。 雲羊鹿たちが妙に騒いでいて、わたしはいつも世話を焼いてくれる親切な村のひとに手を引かれて、自宅の横の畜舎に向かった。 母は、身を案じるムーファに囲まれたまま畜舎の冷たい土床の上に倒れていた。 一緒に食べようと抱えていったバスケットの中身が散らばって、先輩が隣で悲鳴を上げたのが聞こえた。 何が起きているのかわからず、呆然と立ち尽くしたわたしの横から、帰ったばかりの父が見たこともないスピードで母に駆け寄っていくのが見えた。 父は、包帯だらけだった。粗末な白い布地に鮮血が艶やかに滲んでいたのを、いまでもよく覚えている。 ……お葬式を済ませたあの日から、父は余計に家に居着かないようになっていった。わたしが雲羊鹿の世話に慣れたことも、もちろん理由の一つ。 でも、一番の理由は「つがいを亡くした」からだと村の大人たちは話していた。 二人で過ごした愛の巣には思い出が多すぎて、愛娘は最愛の妻に似すぎていて、顔を見るのも辛いのだろう、と。 『――や。……つ、』 その頃からだ。わたしは深い眠りに落ちる最中、よく夢を見るようになっていた。 夢の中で会うのは、決まって同じひと。真っ黒な髪に、射干玉みたいな黒い瞳の一人の男のひと。 見上げた先で、そのひとは心底嬉しそうに、子どもみたいな顔でニカリと笑った。 ベルナ村とは全く違う、見たことのない風景。遠慮がちにそっと手を繋いで賑わう市場に出かけたり、大雨の中ふたりきりできつく抱きしめ合ったりした。 ときに、不思議な色合いの薔薇が咲き誇る暗闇に覆われた河の畔で、彼と親密な時間を過ごすときもあった。 素敵なひとだと、そう思った。目が覚める直前まで、わたしはその人と過ごす時間を心待ちにし、逢えたときには大いに喜んだ。 名前も知らない、黒髪黒瞳の狩り人。藍色に染まった布地と鉄製の装飾に身を包んだその人は、恐らくわたしの初恋相手なのだろうと、今では思う。 「……ねえ、ノアちゃん。ノアちゃんには『いいひと』っていないの?」 いつものようにムーファの世話を済ませて、糸紡ぎに精を出す昼下がり。恒例のように様子見にきてくれた親切な先輩の言に、わたしは糸車から視線を外した。 押し込み式の踏み板から足を外して、少しずつ回転を緩めさせていく。 糸紡ぎ機の稼働にはちょっとしたコツがいる――先輩は、すっかり手慣れたわねえ、と感心したように苦笑した。 「先輩。いいひと、っていうのは……」 「そのまんまよ。ほら、龍歴院の研究所の人とか、それこそハンターさんたちとか! ここ数年で、すっかり人が増えたじゃない?」 「うーん? そう、ですね。皆さん、本当にとってもいい人ばかりで頼りにしてます」 「そうじゃなくて……ほら、素敵だなーとか、格好いいなーとか! 何か、ないの?」 村の大人たちに悪気なんてものはない。わたしは、どうでしょう、と眉尻を下げながら笑い返した。 今も昔も、父の落ち込みようと狩りへの執念には目に余るものがあった。 ときには単独で火竜と雌火竜の二頭を同時に相手取り、辛勝したこともあったという。 父がいくら豪胆な腕利きであろうとも、無謀な狩猟を続けていることは紛れもない事実だった。 母を……最愛の「つがい」を亡くしたことでそこまで人が変わってしまうというのなら、愛とは、恋とはなんなのだろう。 だからわたしは、つがいなんて、そう簡単に手に入れていいものだとは思えない。 夢の中でしか逢えない、あの素敵な狩り人のこともある。 わたしは周りの同い年くらいの少年少女が恋愛を謳歌するのを尻目に、ひたすら仕事に打ち込むようになっていた。 「マルクスさんが心配なのも、ムーファが可愛いっていうのもあたしは十分に分かるけど。そろそろ自分の幸せを考えたって、」 「先輩。わたし、お産の近い仔の様子を見に行ってきますね」 「あっ、ちょっと! ノアちゃん!」 先輩が案じてくれていることは、分かっている。 父だって乱雑な狩りをして家に戻らずにいるけれど、定期的に手紙や仕送りを送ってくれる程度にはわたしのことを気に掛けてくれている。 きっと、どうしたらいいのか分からないのだ。わたしもそう。 幼い頃こそ、火竜を狩って帰った父を無邪気に絶賛したけれど、今となっては母のようにいつか喪うんじゃないかとか、そんなことばかり気にしてしまっている。 心配なのだ。無くしたらどうしようと、不安で堪らない。父にもそれが伝わっているのだろう、あのひとは周りがよく見える人だから……。 「――あれっ、ノア? やっぱり、こっちにいたか」 畜舎に入ろうとしたとき、背後から声を掛けられた。 聞き覚えのある声に振り向くと、最近知り合ったばかりの狩人が気楽に手を振っている姿が目に映る。 真っ黒な髪に、射干玉みたいな黒い瞳の一人の男のひと。 ベルダー装備と呼ばれる防具に身を包んだその人は、最近になって龍歴院に所属を許可され、めざましい活躍を見せ始めた新人だった。 「カシワさん! こんにちは」 「ああ、元気そうでよかった。ちょっと近くまで来たからさ」 いつもは跳狗竜とその親玉の混合防具を愛用しているはずなのに、どうして今日は一番最初に支給された装備を着ているのだろう。 いつものはどうしたんですか、と正直に聞いてみたところ、狩りをしすぎて痛めたから加工屋に没収された、と気まずそうに苦笑する。 彼はとても努力家で、人好きのする笑顔が眩しい人だった。 「そうなんですか。無茶しないでくださいね、わたしの父も、たまに身ぐるみ剥がされたりするんですよ?」 「えっ、そうなのか!? あー……うん、もう大丈夫だ。さっき、クリノスにしてやられたからな」 「して、やられ……?」 「うわっ、な、なんでもない!! と、とにかくっ、整備がちゃんと終わってから狩りに出るつもりだから……本当に、今はもう大丈夫だ」 彼との出会いは、それはもう衝撃的すぎるもので…… 自分たちの危険も省みずに危ういところを救ってくれた彼とその相棒にあたる人物に、わたしはとても感謝していた。 助けて貰って以来、彼はこうして思い出したときにわたしの元を訪ねてくれる。 わたしは御礼も兼ねて、以前より更に彼らに自家製の焼き菓子を差し入れするようになっていた。 ムーファ製のチーズ入りクッキーは、母からの直伝だ。香り豊かなそれは、甘く柔らかめに焼いたものと、塩っ気を強くして固めに焼いたものの二種がある。 どっちも美味しいよー! とは、それらを特に気に入ってくれているカシワさんの相棒、クリノスさんの言葉だった。彼女の姿は今は見えない。 どうしたんだろう、ときょろきょろあたりを見渡すわたしを余所に、カシワさんはわざとらしく咳払いする。 ふと、目が合った。吸い込まれそうな黒い瞳……あの夢の中に出てくる狩り人と、彼、カシワさんは面立ちから気配まで何もかもがよく似ている。 思わずまじまじと見つめてしまった。 「ノア? 俺の顔に何かついてるか」 「えっ? いえ……カシワさん、次の狩猟も頑張ってくださいね」 「ああ、分かってる。ありがとうな」 愛なんて、恋なんて、とんでもない。 思い出しただけで胸が痛むような、痛切な恋心を感じさせる、あの狩り人。せめて彼とどこかで逢うことができたなら……。 心底嬉しそうに、子どもみたいな顔でニカリと笑うカシワさんを見上げて、わたしも笑った。 よく晴れた、嵐の前触れさえ欠片も感じさせないような、平和な日のことだった。 |
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